2023年度活動レポート(一般公募プログラム)第236号 (Cコース)
アジア諸国の架け橋となる未来の法律家のためのセミナー
名古屋大学大学院法学研究科からの報告
さくらサイエンスプログラムの支援を受けて、名古屋大学の法学研究科と法政国際教育協力研究センター(以下、CALE)は、2024年2月~3月に、タシケント国立法科大学、モンゴル国立大学、ハノイ法科大学、カンボジア王立法経大学の法学部3年生を選抜し、合計19名を本セミナーへ招へいしました。彼らは現地の大学で法学を学習すると同時に、日本語と日本法を2年程学習しています。
【法制度に関する講義の受講および日本人と受入学生によるグループディスカッション】
本プログラムでは、次のような講義や演習を提供しました。
- 刑事訴訟法
- 会社法
- 弁護士業務
- 刑事法
- 企業法務、企業コンプライアンス
- 参加者出身国の法の支配と法システムに関する比較ディスカッション
本プログラムは、アジア諸国の学生が、相互の法制度の共通点と相違点とを対話の中で気づきつつ学び、また、その多様性を学び合う交流の場を構築すること、そしてこれにより、アジア諸国の「架け橋」となる未来の法律家を育成することを目的としています。
このプログラムの背景には、1990年代以降に体制を変容させてきた旧社会主義諸国の法発展の課題があります。これらの国々では、欧米の法制度が輸入されてきました。しかし、市場経済体制が機能するためには、国家権力の恣意的な行使を抑制する法体制が構築され、維持されることが必要です。しかしながら、体制移行国では、この理念の理解に混乱がみられ、「国家が人々に法を順守させる」という側面が強調される傾向があります。そこで、法の支配の理念が実現されるように、アジア諸国の歴史や文化を踏まえつつ、先進国の法制度と発展国の法制度とをどのように接合させるのかが課題です。そして、この接合が機能するために、法の支配の理念を熟知し、さまざまな接合の経験を共有した人材の育成が必要です。
上記①では、刑事訴訟法ゼミに属する日本人学生が、刑事裁判を招へい学生に講義し、討論するという形式をとりました。この直接対面講義・ディスカッション以前にオンラインで交流をしていたため、日本人学生も招へい学生もディスカッション開始後、すぐに打ち解け、活発に意見交換をしていました。出身国のみで生育しているとその国の習慣、制度が当然であるという考えになりますが、この講義・討論によってそうした前提を見直すよい機会になりました。この見直しの機会というのは、日本人の学生も含めての話です。
また、上記⑥では、「死刑制度」の有無についての各国現状を比較しました。モンゴル、ウズベキスタン、カンボジアでは死刑は廃止となっていますが、ベトナムと日本には死刑制度が継続されています。廃止となった背景、継続する必要性など、日本人学生と招へい学生が各国の状況を紹介し合い、そのうえで、議論しました。
【法制度に関連する施設等の訪問】
訪問先:①名古屋地方裁判所、②名古屋刑務所、③株式会社十六銀行
法が実際に運用されている現場を訪問し、見学することも実施しました。座学だけでは見えないことが、現場の人びとの動きや施設で見えてくることもあるからです。
招へい学生は、まず、事前に訪問先のことについてリサーチし、簡単なレポートを書きました。日本の裁判所のウェブサイトでは全て判例が公開され、誰でもアクセスできることに驚いていることをレポートに記した学生もいました。その招へい学生の国では、裁判所に関する情報提供は非常に限られているということでした。
裁判所や刑務所の訪問時には、職員からの説明を受けて、「どのように人権に配慮しているのか」、また、「どのように法が運営されているのか」を具体的な建物の様子を見ながら学習することができました。
銀行では、行員から講義を受け、日本の銀行のあり方を知ることができました。具体的には、地域経済の発展のために貢献している地方銀行の融資業務を発展させた活動です。「顧客に合わせた市場調査援助」について、現場の声を聞くこともできました。
【自国の法的問題についての研究発表】
招へい学生が行っている法的問題に関する調査研究の発表、質疑応答を通して、自らの調査研究の考察を深めました。以下が、発表テーマ一覧です。
司法アクセス(ウズベキスタン)/国家公務員法における問題点(ウズベキスタン)/大学の自治(ウズベキスタン)/カンボジアにおけるLGBTの同性婚の問題/ウズベキスタンにおける担保評価額決定に関する問題/モンゴル民法第56条1項8号に基づく賃貸借契約を解除する問題/ベトナムにおける環境に関する紛争の調停/裁判所の職権で証拠調べについての問題(カンボジア)/ベトナムにおける労働仲裁議会による労働紛争解決の法的枠組み/カンボジアにおける労災保険により自営業者が含まれない問題/労働組合代表者としての適切な資格の検討(カンボジア)/著作権関連の犯罪および侵害、罰金に関する問題(モンゴルの刑法の第18条1項と不法行為法の第8条3頃を中心として)/ベトナムにおけるYoutubeでの医薬品広告活動に参加する主体の法的責任の問題/無料映画ウェブサイトに関連した著作権侵害者に対する裁判の問題―民事責任を中心にして(ベトナム)/ECフロアでの模倣品、偽造品、出所不明品の問題―EC運営者の責任を中心に(ベトナム)/返還請求の制限期間適用の問題(ウズベキスタン)/民法第84条を中心とした不動産に係る土地の権利の問題(モンゴル)/民法に運送取扱契約について詳しい部分がないことによっておきる問題(モンゴル)/モンゴル民法における時効に関するモンゴル民法第75条2項
発表の一例として、カンボジアにおけるLGBTの同性婚の問題を挙げます。カンボジアでは法的には同性婚が認められていません。「婚姻は、宗教や慣習とも大きくかかわることであるため、法律のみではなく、社会でどのように捉えられているかが必要である」というコメントが聴衆からありました。カンボジアでは、法的な同性婚の是非を示す国民の意思調査の入手は難しいということもあり、「どうしたら、この問題の重要性や、法律変更を望む意志を示せるか」という議論もありました。このようなやりとりにより、各学生は、自分の研究を今後どのように深めていくのかの視点を獲得することができたと考えます。
このような発表には、名古屋大学の教員、大学院生、学部生、法曹関係者などが参加しました(全体で57名の参加者となります)。参加者が発表者に質問を投げかけ、発表者が答えるという形式です。司会は名古屋大学の大学院生が行いました。
【ホームステイによる日本の社会と文化の体験】
受入地方自治体及び団体:一宮市国際交流協会、幸田町国際交流協会、かにえ国際交流友の会、愛知県日越友好議員連盟
招へい学生は2日ほどホームステイの体験をしました。百聞は一見に如かずで、日常生活の中に身を置いてみないとわからないことがたくさんあります。
例えば、ホームステイをしたことによって、日本人についての印象が変わったという学生がいました。この学生は来日前、日本人は心の距離が遠くて、少し冷淡だと思っていたそうです。しかし、ホストファミリーと一緒に「A common beat」というミュージカルを観て、その登場人物たちが皆自由に生き、ふるまう様子に驚いたそうです。また、温かく接してくれた年下の家族メンバーを妹のように思えたと述べていました。
ホームステイ先でさまざまな経験ができたこと、多くの学びを得たことと推察されます。
【今後の展望】
この短期セミナーに参加した学生から選抜を行い、2024年9月より1年間名古屋大学に長期交換留学生として受け入れを行います。名古屋大学法学部生とともに日本語で日本法の授業を履修し、さらに多くの時間をかけ日本人学生や他の留学生と日本を含めた各国の法制度について学び、相互理解を深めていきます。法制度を学ぶ上では自然科学のような実験や観察ができません。お互いの制度を比較し、共通性と相違点を学習することが肝要です。
将来的には、彼らは弁護士、大学教員、官僚、会社の法務部門スタッフとなっていきます(名古屋大学の法学研究科に留学生してきた者の中には、母国で大臣、外交官、最高裁判事になった者もいます)。
そのような彼らに以上のようなプログラムを実施していくことは、「アジア諸国の懸け橋となる未来の法律家」の育成につながっていくことになります。また、彼らは、日本に対しても、大きな学びの機会を与えてくれていることも確かです。