2023年度活動レポート(一般公募プログラム)第233号 (Aコース)
マレーシアから招へい障害のある生徒の企業就労と職場定着
埼玉県立入間わかくさ高等特別支援学校からの報告
2023年12月10日~16日の日程で、マレーシア国立インダープラ特別支援中等教育職業学校(Secondary Special Education Vocational School Indahpuraマレー語略称でSMPK Vokasional Indahpura)の若手教員6名を招へいした。同校は中等教育の前期課程を修了した障害のある生徒が、全国から志願し選抜されて学ぶ全寮制の職業学校であり、理容・美容・調理・リフレクソロジー・DTP・ホームキーピングの6つの技能課程を持つ。同じような技能課程を持つ国内の他の3校と共に、マレーシアにおける障害者の社会進出をけん引する役割を担う。生徒は高水準の技能教育を受け、当該分野での国の技能資格を取得することができる。
本校は、2019年から、マレーシア第二の都市であるジョホールバルの中等教育学校の特別支援プログラムと、外国語の授業内で交流を始めた。2021年には、パシル・グダン教育区と、相互交流に関する基本合意書(MOU)を交わした。2023年5月、同教育区内の中等教育学校で、日本の支援学校の進路指導と卒後支援について話した際に、同教育区の外から聴きに来て下さったのがインダープラ特別支援中等教育職業学校の先生方だった。同校は、高い技能を身につけたにもかかわらず、卒業生に早期離職者が非常に多いという課題を抱えていた。
状況を聴く中で、課題解決のヒントが、日本の高等特別支援学校の取り組みや、障害者雇用に取り組む企業の実践の中にあるのではないかと感じた。同校の先生方も日本での研修を望んでいた。障害者雇用を巡るさまざまな取り組みは、社会を多様性豊かなものへと漸進的に変革するための実践的社会科学と見ることができる。マレーシアの社会課題の解決に、日本の経験を役立てることは、SDGsのいくつかの目標に沿っており、「さくらサイエンスプログラム」の趣旨にも合致していた。
■プログラムの概要と成果
障害ある卒業生の早期離職という社会課題に対し、解決のヒントを得ていただくために、①学校、②企業、③支援機関という3つの場での研修を計画した。以下、それらの場ごとの活動と、成果を述べる。
①学校での研修では、3つの重点項目を設定した。まず本校の6つの専門コース(食品衛生、農園芸、服飾デザイン、流通、メンテナンス、接客・サービス)の見学である。全コースを見学した後、教員ごとにコースに分かれ観察や参加を行った。企業からも作業を受注している点、カフェなどで地域の人々と生徒が関わっている点、一日の作業の後に、生徒が自分の仕事を振り返る機会がある点、教員だけでなく上級生も下級生を指導する点などに、招へい教員たちは関心を寄せた。
2つ目は、2年生の『職業』の授業への参加である。企業での現場実習から戻った本校の生徒の発表を聴いた後、インダープラ特別支援中等教育職業学校で行われている技能課程の各プログラムを動画で説明して頂いた。生徒は同校の技能課程の専門性の高さに驚いたようで、質疑応答では、授業の内容や実習機会などについて、挙手して質問をしていた。
3つ目は、教員との二度の意見交換である。進路指導・卒後支援に関する意見交換では、在学中の現場実習で生徒が自らに適した仕事を模索できる点、さまざまな教員が就労支援に関わる点、結果として卒業生の職場定着率が高い点に、招へい教員たちは着目していた。教務主任や学科主任を加えた、職業教育についての意見交換では、マレーシアで、技能が一定水準に達した生徒が、学校内の施設で、お客様に美容やリフレクソロジーなどの施術を行い、報酬を得ていることなどに、本校の教員は驚いていた。マレーシアの教員の学びを主目的とする今回の研修だったが、本校の教員と生徒にとっても、貴重な学びの機会となった。教員は専門教育についての新たな可能性に気づき、本校の強みを再発見することができた。生徒にとっては、自分たちと同様の軽度障害の生徒たちが、高い技能習得に努力している姿は、励みとなった。
②企業での研修では、本校の生徒が現場実習等でお世話になっている、埼玉県内・東京都内の三社を訪問した。産業機械用のアクチュエーター製造工程で実習中の本校生徒の様子や、事務作業に取り組む卒業生の様子も見ていただいた。定期的に面談を設定したり、社員が主体性を発揮しやすいようなチーム作りを行ったりなど、障害のある社員の成長と職場定着を図ろうとする企業の取り組みは、興味深かったようである。
③支援機関では、企業や学校などと連携して問題に対応している点に注目していた。
■将来の課題と展望
招へい教員のリーダーは、帰国後に今回の研修について、特に日本の特別支援学校の現場実習制度が、卒業生の職場定着に役立っている点を強調した報告書を書き、マレーシアの文部省に提出した。同校の場合、生徒が学ぶ技能分野での就労率が、国による学校評価の一部となっており、生徒がさまざまな分野の企業で実習する中で、自らの職業適性を模索できる日本のような制度の導入は、すぐには難しい。また卒業生が出身地に戻ってしまうため、卒業生の追跡調査や支援にも難しさがある。今後も同校と連絡を取り合い、情報交換を続けたい。一方、本校が以前から交流を行っているパシル・グダン教育区には、障害のある地元の生徒が健常者と共に学ぶ中等教育学校がいくつかある。それらの先生方を日本に招へいすることで、ジョホールバルでの障害者雇用の促進に役立つ可能性がある。