2023年度活動レポート(一般公募プログラム)第229号 (Bコース)
人口変動下のくらしと自然を共感的に理解する:
森林資源の利活用と地域創生の未来を構想するための参与観察型フィールドワーク
江戸川大学社会学部
准教授 川瀬 由高さんからの報告
江戸川大学社会学部現代社会学科では、JSTさくらサイエンスプログラムの支援のもと、2024年2月14日から2月23日までの10日間、中国・南京大学から学部生2名と大学院生6名、教員2名を招へいした共同研究を実施しました。
【目的】
人口縮小期にある今日の日本では、人口は大都市圏に一極集中し、地方には限界集落が増加しつつあります。一方で、経済成長至上主義への疑問から、「田園回帰」の流れや一連の「脱成長(degrowth)」思想も再注目されつつあります。このような日本の動向と経験の蓄積は、急速な経済発展の渦中において成長主義への懐疑が生起しつつある中国にとっては、未来の社会像を展望するための一つのモデルたりうるのではないか。以上の問題意識のもと、本プログラムでは環境人類学の視点からの日中共同実地調査を実施しました。具体的には、人口変動下にある二つの地域社会(流山市と京都市)をフィールドに、特に地域創生の文脈においていかにして森林資源の利活用がなされているのかを調査することで、日中間の自然観の異同とローカルな生活文化のありよう、そして脱成長的ライフデザインの可能性を探求しました。
【研究方法と研究体制】
本交流計画が目指したのは、いわゆる「日本文化の体験学習」ではありません。森林景観調査、関係者へのインタビューのみならず、民家でのホームステイ、スーパーでの買い物と自炊、自然農体験といった参与観察型調査プログラムをとおして、文化人類学・社会学・日本語などを専攻とする南京大学の学生たちに、日本の庶民のくらしの脈絡、生活文化への共感的理解(empathetic appreciation)の獲得を促すことを目指しました。
本プログラムでは、実施主担当者(川瀬由高)が全日程をとおして招へい者の引率、および現地調査の支援にあたるとともに、三名の共同実施者に、京都における現地調査プログラムを支援していただきました。まず、立命館大学の阿部朋恒氏には、京都市北部山間における現地調査プログラムの企画・運営に全面的にご協力いただきました。また、東京都立大学大学院の李婧氏および関西学院大学大学院の呉松旆氏に現地調査補助および通訳を担当いただきました。
【オンライン交流会(2024年1月11日)】
まず、来日前の渡航準備を円滑にするとともに、来日後の共同調査の構想を明確化させることを目的とした、オンライン交流会を実施しました。全員の自己紹介とオリエンテーションの後、南京大学の学生による事前読書会の成果発表では、日中の自然観・社会構造の異同、とりわけ日本の里山概念について白熱した議論が交わされました。
【流山市での調査(2月15日)】
2月15日には、まず、江戸川大学社会学部現代社会学科の中島慶二教授(環境学)による日本の鳥獣被害に関する講義、および同学科の土屋薫教授(レジャー社会学)による流山市の地勢とグリーンチェーン戦略に関する講義を実施しました。
同日午後には、NPOさとやま(流山市)のご協力のもと、「おおたかの森」(市野谷の森)の保護活動の歴史を学ぶとともに、現地の景観を視察し、つくばエクスプレス開通に伴う人口増と経済発展、そして森林資源と市民生活とのかかわりの現状について理解を深めました。
【京都市での調査(2月16日-21日)】
京都到着後には、ゼミナールハウスを拠点に、京都市北部山間地域の地域概況や質的調査研究法について学んだ後、18日~19日の二日間、小野郷学区に位置する古民家にホームステイし、実際に農具を手に休耕地の再生に取り組みました。京都での調査期間中にはインタビュー調査のほか、スーパーでの買い出しから郷土料理制作、自然農(自然栽培)の実践に至るまで、山間地域での暮らしを体験的に学びました。さまざまな方のご支援により、同地域における林業文化の趨勢や生活との関わり、そして人口減少下の地域社会における地域創生の取り組みについて理解を深めることができました。
【調査成果報告会(2月22日)】
2月22日には、江戸川大学にて調査成果報告会を開催しました。南京大学の学生たちは、流山おおたかの森および京都市北部山間地域という2地点での調査成果をもとに、人間と森林との関わりや移住・移動と暮らしについて、そして中国の視点からみた日本の社会文化の特徴について、力のこもった発表を行いました。
人口の増加/減少という点では一見すると対極的な調査地でしたが、両地域はいずれも中心都市から30分圏であるという共通の地理的条件を有しており、中心―周辺の関係性がそれぞれの地域での暮らしのデザインに織り込まれているという指摘は、実際に現地の人びとの声に耳を傾けたからこそ得られた重要な発見でした。
招へい者からは、今回のプログラムを通して、日本の庶民の暮らしに接近できた、日本のアカデミックな文化に触れることができたといった喜びの声が聞かれました。さらに中国帰国後には、現地調査中にお世話になった方々への感謝状も国際郵便で送っていただきました。今回のプログラムが、招へい者らの今後の学術活動、日本研究への刺激となるとともに、日中文化交流の礎になることを祈念します。