2019年度活動レポート(一般公募コース)第339号
熱帯域の学生が温帯や高山の生態系管理とエコツーリズム利用を学び、
全球的な生態系管理研究者をめざすプログラム
横浜国立大学からの報告
先進国の地方での人口減少による大型哺乳類の増加や耕地の森林化は、経済発展を続けてきたアジアの国々にも起きつつあり、またグローバル化により野生イノシシのCSFなどの感染症を含む外来生物問題が深刻化し、世界的にも生態系管理を担当できる人材の育成は急務です。グローバル化と世界の経済発展により、地元への経済波及効果が大きな産業であるツーリズムが発達してきました。
今回招へいしたタイ国ではツーリズムがGDPの15%を超えており、東南アジアの生産拠点としての自動車関連産業と同程度かそれ以上の経済規模を持ちます。このため国立公園などの自然の管理は、過剰利用によりコモンズの悲劇がおきがちな自然の観光資源の保全と持続的な利用のために不可欠となっています。
このプログラムの招へい者はプリンス・オブ・ソンクラ大学(タイ)からの5名で、そのうち1名の学生はブータンからプリンス・オブ・ソンクラ大学に留学中の学生でした。羽田に到着した一行は、周辺にラーメン店が多く点在する横浜市内のホテルに宿泊しました。翌朝は大学の公用車で八甲田山に向かいました。
八甲田山での初日は講義を行い、午後には指定した学名の種について各自が植物園内で写真撮影を行って、持参したパソコンのパワーポイントで植物図鑑を自作することで八甲田の植物相を把握しました。なお学生の1名がAIによるスマホの植物同定アプリを試みていましたが、学生が間違えやすいブナの葉とツタウルシの小葉をアプリに同定させたところ、ツタウルシの小葉を含めていずれも属名を正しく同定しました。
翌日は登山しながら周囲の植物相を記録しました。当日は快晴で、植物種数が少ないブナ二次林や、林冠が疎開して低木層や草本層の種が多いブナ極相林、アオモリトドマツが多い針葉樹林を抜けるとハイマツなどの高山帯が広がっていました。タイの学生にとっては初めての高山であり、森林から高山帯への劇的な変化には驚いていました。ブータンから留学中の学生は、母国と種は違うものの相観が共通の植生に感動していました。ブータンにはハイマツがないので、ブータンでシャクナゲがあるところには日本ではハイマツが生育し、クッションをつくっている植物も日本ではツツジ科の様々な属が多くあります。登山の翌日は植物相データの多変量解析を行いましたが、高山帯はその直下の森林と隔絶された生物群集であることに改めて驚いていました。
八甲田山域は紅葉が始まった時期であり、観光客も多くいました。多くは温泉と自然に親しむために訪れており、良好な自然環境をゲストに提供する側としての立場を理解するには適当でした。
翌日は横浜に移動し、横浜国大の都市科学部の実習に参加した学生と共に、東京都内の緑地の歴史と植物相の関係を視察しました。有栖川宮記念公園は江戸時代の南部藩邸から現在に至るまで緑地(庭園を含む)が続いた場所であり、タチツボスミレやクサイチゴなど当時からの生き残りと想定される植物個体群が見られます。訪れた季節には開放花をつけていなかったがタチツボスミレの閉鎖果をみることができました。
次に新たに埋め立てて造成されたお台場海浜公園に移動し、タチツボスミレやクサイチゴなどの植物が存在しないことを確認しました。ただし江戸時代末期に埋め立てられた台場には里山に生育する植物も多く観察されたため、江戸時代には山の手などは緑地が連続した景観であり、当時の埋め立て地には運び込まれた土に混じって様々な里山の植物が入ったと想像されます。
その後は丸の内-大手町地域に移動し、オフィス街における現代の緑化の状況と、皇居周辺の自然を視察しました。お台場には砂浜海浜植生の復元が行われており、大手町にも雑木林のコピー植栽が行われているのを見ましたが、在来の自然のモチーフ価値の利用は目新しいようでした。
次の日は外来哺乳類の観察のため、都市科学部の学生と共に三浦半島の京急線安針塚駅から塚山公園、十三峠を経てJR線田浦駅まで歩き、横浜への帰りの途中に鎌倉の社寺を訪問しました。塚山公園の周辺ではクリハラリス(タイワンリス)とクリハラリスによる樹皮はぎ被害を確認しました。クリハラリスは近縁のものがタイにも分布しますが、タイで哺乳類を調査している学生から見ると日本のクリハラリスは体サイズが大きいようです。なお樹皮はぎ被害などは一時期より減少しているように見え、鎌倉でも社寺でのクリハラリスへの給餌は減少しているようです。十三峠では再野生化したイノシシに対応するため耕地のまわりに巡らせたフェンスを見学しました。なお鎌倉では皆で甘酒を飲みましたが、タイにも同様な発酵による飲み物があるとのことでした。
最終日は湾岸道路でベイブリッジなどからの横浜の景観を観たあと羽田空港から帰国しました。