特別寄稿 第46号
生物資源環境学の最先端―多様なアジアのフィールドと研究
執筆者プロフィール
- [氏名]:
- 鴨下顕彦
- [所属・役職]:
- 東京大学アジア生物資源環境研究センター准教授
プログラム | |
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1日目 | 成田・羽田国際空港到着 |
2日目 | オリエンテーション・共同研究準備、ANESC研究紹介I、共通実験室見学、国際交流室説明会 |
3日目 | 西東京キャンパス見学(農場、演習林、温室)、ANESC研究紹介II |
4日目 | ANESC生物資源環境学セミナー参加 |
5日目 | 食と農の科学館・農業生物資源研究所見学、セミナー・議論(作物改良) |
6日目 | 海洋研究開発機構見学 |
7日目 | 東京大学本郷キャンパスツアー、休養 |
8日目 | 東京大学駒場キャンパスツアー、休養 |
9日目 | 研究分野ごと共同研究 |
10日目 | 研究分野ごと共同研究 |
11日目 | 富士山植生回復調査地見学 |
12日目 | 富士癒しの森研究所見学、懇親会 |
13日目 | 共同研究報告・ディスカッション・特別講演・修了式、科学未来館見学 |
14日目 | 帰国 |
送り出し国・機関
2015年11月15日から28日まで東アジア、東南アジア、南アジアの大陸部から島嶼部まで6か国(中国、ベトナム、カンボジア、マレーシア、インドネシア、インド)の7つの研究機関に協力を頂いた。いずれも生物資源環境学分野において、その国の中核的な研究機関である。南京農業大学から植物分子生態学の修士課程の学生、ベトナム国立農業大学から作物栽培部の研究員、カンボジア農業開発研究所から社会経済科学部の研究員、タミルナードゥ農業大学から作物育種とバイオテクノロジーの教員と博士課程の学生、ベトナム海洋研究所とインドネシア科学院海洋学研究センターから若手研究員、マラヤ大学海洋地球科学研究所から修士課程の学生、合計8名の参加者が送り出された。
プログラムの概要
2週間のプログラムは、生物資源環境学オールラウンドのコアプログラムと、参加者の得意とする分野別のプログラムとから構成された。コアプログラムでは、生物資源環境学全般にわたる重要な研究機関(農業生物資源研究所、海洋研究開発機構)や東京大学の附属施設(生態調和農学機構、田無演習林、富士癒しの森研究所)の見学を行った。また、ANESC生物資源環境学セミナーでは、インドネシアの森林再生、ベトナム農業やコーヒーの生産・輸出、フィリピンの湿地生態系に関するホットな研究事例を聴講した。参加者が専門にしている1つの対象だけでなく、生物資源環境学の多様な内実を学ぶことで、参加者の視点の多層化を図ろうとしたのである。
分野ごとの共同研究プログラムでは、それぞれ専門のANESCスタッフが対応して、植物分子生態学の手法、電子顕微鏡による藻類の観察(写真1)、作物の改良と生理・生態に関する研修を行った。
交流の特徴と成果
プログラムの中で、分野別の共同研究では、限られた時間の中で、将来参加者が行いたい研究計画も立案してもらい、それを皆で議論することで、研究へのモティベーションを高めてもらった。
学内の国際交流室からも、留学の準備や若手外国人研究者のキャリアアップのための情報を提供してもらい、今後の交流の発展の可能性を広げた。本学の日本人学生や留学生も、お手伝いとしてこの交流プログラムに参加し、同世代間での交流も生まれたのもよかったようだ。
DNAマーカーを利用した分子育種によるストレス耐性稲の育種研究(イネゲノムセンター)(写真2)、多数の種子管理を自動制御するプログラム(ジーンバンク)、地球温暖化の海洋への影響に関する特別講義と深海探索や深海の生態系の展示(海洋研究開発機構)(写真3)など、共同研究のテーマに関係する分野の最先端の研究所の見学は、向学心旺盛な参加者にとって魅力的だった。
また、学内施設の見学も、イチゴとトマトの植物工場、耕地の植生遷移試験(以上、生態調和農学機構)、紅葉の樹々の中の樹木見本園(田無演習林)、富士山麓の豊かな森林生態系の管理(富士癒しの森研究所)(写真4)と、盛りだくさんで、生物資源環境学の対象の多様性を学習できるように計画された。さらに日本の一般市民や青少年たちも良く訪れる人気の科学館として、食と農の科学館(つくば市)、日本未来科学館(江東区)をも見学した。このように参加者の専門分野外の施設を見る機会を提供したことにも良い反応があった。沿岸藻類の分類の研究をしていたマレーシアの修士課程の学生は、食料生産や農業のことについて初めて学べて新鮮だったと感想を述べてくれた。生物も資源も環境も、研究や仕事の中で領域が分けられ細分化されている現実があるが、領域の枠を超えた広い視点を持った人材育成が望まれている。
また、当初、インドからの参加者はベジタリアンで、マレーシアとインドネシアはムスリムらしい、食事をどうしようか、と、担当者の間で随分心配していたが、蓋を開けてみるとムスリムではなく、またインドからの2名も、インド料理が最後まで好きではあったが、柔軟に対応してくれて、事なきを得た。これは私たちの方が学習させられたことであった。
将来の課題と展望
時間はかかるかもしれないが、先端技術や知識は、アジアの科学コミュニティ全体に次第に浸透してゆくことであろう。このことは生物資源環境学の分野でも当てはまるだろう。今回も、分子生物学を利用した育種や生態系の解析、先端的機材を使った新しい生物種の同定に関して、参加者の関心は高かった。一方、生物資源環境学は、いわゆる科学者という肩書のつかないすべての人間にとっても、非常に身近なサイエンスでもある。アジア各地域のフィールドにいる、多くの農民や漁民もサイエンスの参加者であり、問題の当事者でもある。そういう意味で、生物資源環境学は、最先端の技術や手法を用いながらも、フィールドの現実とフィールドの人間を離れては成り立ち得ないものである。今回の参加者も、両方に軸足を持つ見識のあるエリートとして活躍していってほしい。
今回は6か国からの参加を得たが、国によって科学レベルは同じではない。国の実情に合わせた形の適正技術に結晶するような仕方で、最先端の研究を消化していくことも必要であり、交流と相互理解が重要であるように思う。