2015年度 活動レポート 第47号:公益社団法人 新化学技術推進協会 (JACI)

2015年度活動レポート(一般公募コース)第47号

GSC(グリーン・サスティナブル・ケミストリー)の理解を深めるために

公益社団法人 新化学技術推進協会 (JACI)

新化学技術推進協会が主催する国際シンポジウムは、GSC(グリーン サステイナブル ケミストリー:人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学)を基本テーマに掲げていて、招聘者にはGSCに関する研究内容を発表することを条件としましたので、招聘者自身が高い研究レベルにあることが求められます。それは、これからの化学技術者・研究者は、環境保全を前提に人類の発展に役立てることを念頭においた事業活動を行うべきであるというのが新化学技術推進協会の基本的な考え方であるためです。

私たちの考え方に賛同する3名の国内大学教授の協力により、マレーシア、タイ、フィリピン、中国の4ケ国から19名のプログラム応募者を募ることができました。いずれも3名の教授と親交が深い研究室からの推薦であり、各人がGSCに関する研究を行っている若手でした。具体的には、ペトロナス工科大学、マレーシア科学大学、マレーシアプトラ大学(以上、マレーシア)、チュラロンコン大学(タイ)、デ・ラサール大学(フィリピン)、南京大学(中国)からですが、いずれも著名な大学です。また蛇足ではありますが、推薦のあった研究室のホームページを見てみると、応募者の中にはイスラム教徒の方がおられることも予想されました。

事前に送付してもらった発表原稿はいずれも優れた研究成果を記載していて、レベルの高さを知ることができました。その内容はGSC関連研究を行っている教授にも確認してもらいました。このようにして19名の招聘者を受け入れましたが、ペトロナス工科大学とマレーシアプトラ大学からは、2人の指導教官にも同行してもらいました。なお、この二人の指導教官には、国際シンポジウムにおいてキーノート招待講演者になって頂くとともに、口頭発表会場における座長にもなって頂きました。

来日2日目にあたる7月5日には、昨年あるいは一昨年にGSCに関する優秀な研究成果を上げた日本人学生と、今回の招聘者の学生を中心とした学生交流会に参加してもらいました。全体のとりまとめは協力者の一人である横浜国立大学の跡部教授に依頼したのですが、非常に活発な学生交流会となったことにびっくりしておられました。特に招聘者の学生から次々と意見が飛び出したことが印象的でした。

学生交流会での様子

7月6日には招聘者に、ポスター発表と企業団体活動紹介を同時開催するエキシビジョン会場にてポスター展示をしてもらい、7日、8日両日にわたって開催するポスターセッションに備えてもらいました。さらに、欧米亞のGSCに関する第一線の研究者および欧米日の一流企業のトップ層の講演を聴講してもらい、GSCに関する理解を深めてもらうこととしました。

講演会場-招待講演
招聘者による質問-招待講演

7日、8日に実施されたポスター発表では、特に優秀な発表者に対してポスター賞を授与したのですが、招聘者の中から2名が選出されました。1人は生分解性高分子の合成研究発表であり、もう1人は生分解性高分子の崩壊挙動に関する研究内容の発表でした。これらの内容については専門性が高く、世界の研究の最先端領域に位置するものでした。

この他にも、グラファイトナノファイバーを触媒としたオイルの効率的な熱分解反応研究や、バイオ燃料の効率的な製造のための触媒開発などの優れた研究発表もあり、招聘者の研究レベルの高さを実感することが出来ました。

実は、このポスター賞に81名がエントリーを行い、その内訳は国内の大学・研究所48名、国内の企業・国立研究所14名、海外の大学・研究所19名で、招聘者からは11名が応募しました。81名中10名がポスター賞を受賞したのですが、海外からの参加者19名の内ポスター賞を受賞したのは2名であり、その2名はともに招聘者でした。

ポスター賞受賞者ーMr. Supthaya(Chulalonglon Univ.)

ポスター賞は、研究内容の高さ・GSC観点での充実度・プレゼンテーション技法・質疑応答内容などを厳密に評価するものであり、産学の専門研究者から構成されるポスター賞審査メンバーの総意に基づき選出されることになっています。GSCに関する研究は日本が先行しているため、日本の受賞者が多くなることは予想されたのですが、海外からのエントリー者から賞に選出された2名が共にさくらサイエンスプログラムの招聘者であったことは、招聘者が日本の大学院生と比較して引けを取らないレベルにあることが証明されました。

9日の午前には2グループに分かれ、DIC株式会社と三菱化学株式会社を訪問しました。DICを訪問したグループは、まずDICの会社と研究内容の説明を受けたのですが、質疑応答の時間には次から次へと質問が飛び出し、予定の時間を大幅に超過することになりました。それから映画の撮影にも使われたことがあるという研究所内の見学を行いました。展示コーナーで製品を見学した後、分析関係の研究者とディスカッションする時間が用意されていました。

展示コーナーにて(DIC株式会社)
昼食の様子(DIC株式会社にて)

DICではその後、敷地内にあるDIC川村記念美術館の見学もさせて頂きました。バイリンガルの説明員に案内され、ルノアールやシャガールの絵も展示されているDICが誇る美術館でひと時を過ごした招聘者たちは、企業の懐の深さを感じ取ることができたようです。

三菱化学株式会社の本社(東京都千代田区丸の内)を訪問したグループは、三菱化学が標榜推進するKAITEKIの説明を受け、その意義と意味の深さに感銘を受けたとのことでした。当初、三菱化学の訪問は、横浜研究所(横浜市青葉区)を計画していたのですが、KAITEKIのコンセプトを理解してもらうためにも本社のショールーム(KAITEKI SQUARE)を見てもらいたいとの三菱化学の強い希望により変更になりました。

このショールームは、KAITEKIのコンセプトを「社会課題として捉える、技術・展示で見せる、未来社会を体験する」という3つの構成ゾーンから考えさせる形式になっていて、これらをつぶさに見学した招聘者からはKAITEKIのコンセプトに共感したとの声が寄せられました。

9日の午後は、東京都墨田区にある花王ミュージアムと併設の東京工場を訪れました。日本の歴史とともに花王株式会社が石鹸を中心として発展してきた歴史に触れる中で、日本の近代史を学ぶとともに、花王の自国の発展を願った思いを感じ取ることができました。

招聘者からも、日本の明治・大正・昭和期の発展の様子が石鹸から発展した事業を通じて実感することができたとの感想を聞くことが出来ました。ミュージアム内のコミュニケーションプラザでは肌や髪の状態測定コーナーがあり、これらの結果が研究開発に直結することが実感できたとのことでした。

10日には、資生堂株式会社とJX日鉱日石エネルギー株式会社の研究所を訪れました。交通の便も考えてバスをチャーターして移動しましたが、7月10日はラマダーンの期間中でもあり、日の出から日没までの間、飲食を律する敬虔なイスラム教徒への健康上の配慮でもありました。

資生堂は東南アジアにおいても有名な企業ですので、特に女性の招聘者は楽しみにしていたようです。午前は、資生堂の横浜研究所を訪問させて頂きました。資生堂では、レオロジー(流動学)に関する基本的な実験を行わせて頂きました。乳液などの化粧品は肌触り感などの品質に関してもその流動特性が重要な要素となるのですが、製造工程においてもレオロジーの観点からも十分に理解しておかなければいけない特性でもあります。招聘者からの感想として、これらの実験を通して化粧品会社における基礎的な研究の重要性を学ぶことができたとのことでした。また、その後は、化粧品の試用の時間が設けられ、特に女性の招聘者には大好評でした。

午後からは、横浜市磯子にあるJX日鉱日石エネルギーを訪問させていただきました。何といっても招聘者にとって印象に残ったのは、トヨタの燃料電池車であるミライに試乗できたことでした。非常に静かな車内空間のなかで、スムーズな乗り心地に招聘者の夫々に深い印象を受けていることがありありと分かりました。

企業訪問中の昼食については、DIC、三菱化学、資生堂の3社が用意していただいたのですが、夫々の会社がイスラムの方にも配慮された内容の献立を用意してくださいました。訪問日がラマダーン期間中に当たるということもあり、飲食することを自ら禁じている方もいるため配慮の仕方にはホスト側としては気を使うところでもあります。夫々の企業にて別室に案内するなどの配慮をしてくださったのですが、DICでは敬虔なイスラム教徒のための礼拝室を特別に用意してくれていましたので、数人の方が1時間以上も熱心に祈りをささげることができたとのことでした。

JX日鉱日石エネルギーの見学終了後は、東京都千代田区にある新化学技術推進協会にて報告会を開催いたしました。この中で招聘者各人がこのさくらサイエンスのプログラムに関し、感謝の気持ちを表してくれました。また日本人の印象については、道を尋ねると親切に教えてくれた、日本の街はゴミがなくどこも美しかったとの賞賛が多かったのですが、時間について厳しかったという声も聞かれたことも記憶に残りました。そして、訪問先企業については三菱化学のKAITEKIのコンセプトに対する共感の声が多かったことが印象的でした。

そして、招聘学生の意見で特筆すべきことは、国際シンポジウムがGSCの考え方を具現化したものであり、GSCにおける化学の役割りが化学工業プロセスの改善にとどまらず、化学産業が作り出す製品が世界の持続的発展に役立つことをその狙いとしていることが述べていたことでした。見事に、私たちの「GSC推進」の狙いを鋭く感じ取ってもらえたことを非常に嬉しく感じることができました。さらに、夫々の訪問先企業でも未来の産業への化学の関わり方を見せてくれていましたので、そのようなことも一緒に捉えてもらえたのだと嬉しく感じました。特に三菱化学のKAITEKIコンセプトに多くの招聘学生が強い印象を持ったことは、それはGSCの考え方の一面を表現しているものであるとも思えました。

翌11日には、付添いの二人の教官を含む招聘者全員で日本科学未来館を訪れ、午前中を楽しく過ごしました。特にロボットには高い関心が寄せられ、ロボットワールドでのヒューマノイド型ロボットASIMOの実演ショーには強く興味が引かれたようでした。

日本科学未来館の見学

7月12日には招聘者が皆、夫々の思いを抱きながら帰国していきました。今回のプログラムを通じ、招聘者の各人が日本に対して、そして日本人に対してとても良い印象を持ちながら帰国していく様子を見ることができ、本プログラムは成功であったと確信いたしました。