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Ashish氏はさくらサイエンスプログラム(SSP)に参加した同窓生であり、複数のAI研究所で研究を行い、この分野で論文を発表してきたAI研究者でもあります。彼はナレンドラ・モディ首相との番組を主催し、首相のチャンネルにパネリストとして出演したほか、インド工科大学(IIT)、インド経営大学院(IIM)、インド情報技術大学(IIIT)、Google、Microsoftなどで講演を行ってきました。
彼は18才で世界最年少級のGoogle Developer Expertとなり、Next Genius Scholarを獲得。JEE Advancedを突破してIITデリー校に入学した後、中退して世界で最も若いMicrosoftのエンジニアの一人となりました。彼の考案したエンジンはPM-E-Vidyaチャンネルで教師たちに使用されました。最も権威ある学術誌の一つである『Springer Nature』誌に論文が掲載された最年少の研究者でもあり、彼のSTEMやパブリックスピーキングへの貢献が数多くの誌面で特集されています。
皆さんこんにちは、Ashishです。
これはAIを使わず、私自身の言葉で書いています。だからこそ、私が実感したことをそのまま感じてもらえると思います。
正直に言って、私はただの「探求者」にすぎません。人、人生、テクノロジー、そして価値を探し求めています。よく考えてみれば、これを読んでいる皆さんもまた、何かを探そうとしている探求者であり、それが何なのかは誰にもよく分かっていないのだと思います(笑)。それは皆さんがじっくり考えるための問いとして残しておきます。私が本当にお伝えしたい物語の一部は、日本で過ごした7日間と、その7日間が私の思考に何をもたらしたのか、そしてその後に起こったすべてのことについてです。
日本訪問以前
学生時代の私は、いつでも何かをいじくり回している子供でした。ケンドリヤ・ヴィディヤラヤ・サンガタン(KVS:インドの国立学校)で学びながら、フリーランスとしてゲームエンジンの開発を行ったり、数学ラボで作業したり、手に取れるものは何でも触ってみたりしていました。私が最も好きだったのは、通常は組み合わさらない分野同士を結合させることでした。例えば、「生物学とコンピュータサイエンスを同じ空間に置いたらどうなるだろう?」、「なぜこの仕組みは、昔からずっと同じやり方で動き続けなければならないのだろう?」。
私は常に次のような思考の渦の中にいました。物事を基本的なパーツに分解し、そこから理解を再構築していくというプロセスです。しかし、常に一つだけ欠けているものがありました。その欠落した部分を認識するまでに何年もかかりました。人の脳は、自身が得た「見聞(体験)」の及ぶ範囲までしか視野を広げることができません。もし宇宙の別の場所に到達することが不可能だと信じ込んでいるなら、探索を開始することすらできないでしょう。これは曖昧な例えですね。もっと明確に言いましょう。多くの場合、難しさは「解決策」にあるのではなく、「問題」そのものにあるのです。問題を十分に深く理解すれば、解決策は自然と向こうからやってくるのです。
KVSは私の挑戦をいつも支援してくれました。私はAIラボで何時間も過ごし、大半はうまくいかないような実験を重ねていました。そんなある日、実験の真っ最中に、私が夕方7時になってもまだラボに残っている理由を問わなくなった担任の先生が歩み寄ってきて、こう言いました。「日本に行ってみないか?」
その時私はかなりびっくりしました。先生は続けて、その選考対象になるために、これまでの貢献をすべて提出する必要があると言いました。自分が研究に費やしてきたすべての「時間の無駄」が山積していたおかげで、提出するには十分な成果がありました。インドには才能のある人材が尽きないので、正直これで十分だとは思えませんでしたが、それでも事足りました。
それから私は実際にさくらサイエンスプログラム(SSP)が何なのかを調べてみて、本当に驚きました。そのプログラムには、日本の科学者、研究ラボ、ノーベル賞受賞者、そして国内外から集められた人々が、一箇所に集まり、全員と直接対話ができる環境が整っていたのです。
私がどこを目指していたかもうお分かりでしょう。これこそが、「何が可能か」という視野を広げるための完璧な場所だったのです。
日本での発見
インドの集合場所に参加者全員が集まり、日本行きの飛行機を待っていた時のことを私は今でも覚えています。ほとんどが初対面の人で、人生の旅路では決して会うことがなかったであろう、インドの行ったこともない州から来た人たちでした。誰もが動画を撮影し、顔を輝かせ、自分たちが本当に日本へ行くのだというニュースに心を躍らせていました。多くの者にとって、この日本行きはインド国外に出る初めての機会でした。東京に着陸し、乗り継ぎ便で大阪へ向かい、ホテルに到着してからは、怒涛の日々が始まりました。
京都大学での北川宏先生のセッションは、私の中の何かを本格的に再配置してくれた最初の出来事でした。自分は何でも学べるという漠然とした感覚はありましたが、それは輪郭がぼやけていました。北川先生はそれを明瞭にしてくれたのです。
私があの部屋から持ち帰ったのは、次のようなことでした。AI以前、AI時代、あるいはその後に来る何であれ——あなたがどの時代にいようとも、本当に持つ価値のあるものは、特定のスキルではありません。それは「学ぶこと自体のスキル」なのです。今あなたが知っているすべてのことには有効期限があります。しかし、次に必要なものを習得する「スピード」に期限はありません。
自分は物事を覚えるのが得意な人間だと思って私はあのセッションに入りましたが、出てきた時には、「学ぶことこそが本質的な仕事であり、副産物などでは決してないのだ」と理解していました。先生の言葉に対する私なりの解釈ですが、もし解決策を見つけるのが難しいと感じるなら、おそらくあなたはまだ問題を理解できていないのです。問題理解の部分を適切に行えば、解決策は呆れるほどシンプルに導き出せるはずです。
2つ目の気づきは「退屈」についてでした。私が出会う多くの人々は、頭にモヤがかかったような状態で、明確に考えられない─コミュニケーションもうまく取れず、あまりにも多くのことが一度に錯綜している状態に直面しています。そしてその原因は全員が知っています。それはSNSであり、毎日頭の中に注ぎ込まれる膨大な情報量です。
しかし日本で、私はただじっと座っている人々を見かけました。何もしない。意図的に「暇」になり、ただ考え事をする。私もそれを試してみましたが、何もない状態になると、これまで以上に多くの思考が湧き上がってくることがわかりました。思考が深まっていくのです。それが、私が最もシンプルに説明できる「瞑想」というものです。
3つ目は清水寺の音羽の滝でした。そこには健康(長寿)、学業成就、恋愛(縁結び)を願う3つの水の筋が滴り落ちています。どの筋の水をいくつまで飲んでよいかというルールがあり、様々な解釈がありますが、私の解釈はこうです。
これは私が今まで「マインドフルネス」について受けたレッスンの中で最高のものでした。この世界で、私たちは一度にすべてを手に入れようとします。3つすべてを望むことは間違いではありませんが、欲張ってそれらを同時に追い求めると、最終的には何も手元に残らなくなります。優先順位をつけること。そして一歩ずつ進むこと。滝の列に並んでいる間に得たそのたった一つの考え方が、私自身の人生に対する思考を再編成してくれました。
それから理化学研究所(RIKEN)と京都大学を訪れましたが、正直なところ、未だにそのショックから完全に立ち直れていないと思います。受けた刺激があまりにも絶大で、私の脳の配線自体が変わってしまったほどです。
そこから私が学び取ったのは次のことです。ほぼすべての問題において、ボトルネックとなる要因は一つしかありません。それを見つけて解決すれば、終わりです。それ以外はすべて装飾にすぎません。
地震を例に挙げてみましょう。地震が起きると災害が発生し、一般的な対応としては、より良いレンガや頑丈な構造を作ろうとします。部品を改良しても、根本的な解決には程遠い結果になります。それが私の思考の限界でした。しかし、京都大学では建物全体を「持ち上げる」仕組みを目にしました。補強するのではなく、浮かせるのです。彼らは物理的にも概念的にも基礎(土台)へとアプローチし、そこから問題を解決していたのです。それこそが「第一原理に基づく思考(ファースト・プリンシプル思考)」です。これは講演で語られる口先のフレーズではなく、実際に建物が地面から離れて浮いているのです。
スーパーコンピュータも私に同じような影響を与えました。 色素を持たない透明なカエルも同様です。それは何世代にもわたって交配され、生きている間ずっと皮膚が半透明のままになるため、動物を解剖することなく臓器や血管、さらには卵までも観察することができるのです。「生物を教えるためにカエルを解剖しなければならない」という課題に対して、問題を回避するのではなく、その根底へ切り込んだ人がいたのです。これらの発想は自然には浮かんできません。底に突き当たるまで物事を分解し、そこから再構築していくことでしか生まれないのです。
最後に、SSPの参加者代表として、主賓の皆様や参加者の前で閉会のスピーチをする機会をいただきました。今でも私の人生における最高の名誉の一つです。そして終わりの数日間、私たちはほとんど眠りませんでした。誰もが日本滞在が終わる前の最後の1時間すら逃したくなかったのです。
予想すらしていなかったこと
このような体験から戻ってくると、科学によって頭の配線が再構築されていると誰もが言います。これは本当です。しかし、もう一つのことについては誰も警告してくれませんでした。
飛行機に一緒に乗り込んだ見知らぬグループ、申請書一つによって結びつけられ、インドのあらゆる地域から集まった仲間たちは、何年経った今でも私のコミュニティのメンバーです。「たまに近況報告をする」という間柄ではありません。真の仲間です。うまくいった時に電話をかけ、うまくいかなかった時にも電話をかける相手です。そしてそれは私たちだけではありません。その一週間で最も素晴らしかったことのひとつは、まだ自分が知らない他国の科学技術について参加者らと語りあった時間です。消灯時間をとっくに過ぎた後も車座になって座り、互いに第二言語や第三言語を使って自分たちの世界を説明し合いました。
私は日本から研究ラボの成果を持ち帰るつもりで行きましたが、持ち帰ったのは一度も止むことがないグループチャットでした。もしこれから日本へ行こうとしている人がこれを読んでいるなら、それこそが大切にする部分だと伝えたいです。1週間のプログラムは終わりますが、その人たちとの繋がりは終わりません。
あの1週間が動かし始めたもの
日本から帰国して、私はフルタイムで研究に情熱を傾けるようになりました。影響力を持つような応用研究に取り組んでいました。成果の一部は論文として掲載されましたが、大部分は掲載されませんでした。そしてその採用比率こそが現状を誠実に反映していました
私は学校に通いながらラボ(研究所)でも働き始めました。既存コストのほんのわずかで画像や動画を生成するマルチモーダルエンジンを構築し、それがPM e-Vidyaチャンネルの教師たちに使われることになり、結果としてインドの首相とお会いすることになりました。その後のプロジェクトではIntel賞を受賞しました。そして私は18歳で、世界最年少のGoogle Developer Expertになりました。
しかし、ここで一度、上の段落がもたらす印象を刷新させてください。なぜなら、あのように書くと、私は直線的に成功へ向かっているように見えますが、実情は大いに違っていたからです。これらすべての裏には、幾重にも積み重なった「不採用(不合格)」の山があります。応募しても選ばれなかった講演の提案。「不採用」として返ってきた申請。何も成果が出なかったために誰の耳にも届かなかったプロジェクト。実際の合否の比率を見たら、誰もそれを「急上昇」とは表現しないでしょう。
しかし、まさにここで学びが効果を発揮し続けたのです。「不採用」は単なる「問題・課題」であり、問題や課題には構造があります。なので、問題・課題として対処するのです。毎回、「具体的に何がうまくいかなかったのか?」と自問します。「評定者がその価値を理解してくれなかった」というのは答えではなく、単なる感情にすぎません。実際には何が弱点だったのか?どこがまだ不十分だったのか?そして、その特定の失敗を二度と繰り返さないようにし、代わりに、また新たな失敗をして前進するのです。
それこそが京都で会った人々が物事を構築する方法であり、私がインドで出会ったすべての真摯な科学者たちの働き方でもあります。それが方法のすべてです。そこに隠された裏技などはありません。
インド工科大学(IIT)合格と退学
同じ頃、私はJEE Advanced(IIT入学のための全国共通試験)の受験勉強をしており、IITデリー校に合格しました。そして19歳でMicrosoft(MS)に入るためにIITを去りました。
次に述べることについては、非常に慎重にお話ししたいと思います。なぜなら、誤解されやすいことだからです。IITデリー校はインドで最高の教育研究大学の一つです。そこに入ることは、私がこれまでの人生で経験した最も難しいことの一つでした。競争率の高い試験の準備は、困難なことを追い求めるよう脳を鍛えてくれます。正直なところ、それは試験に合格すること以上に、準備自体に価値があります。私がIITを去ったことは、決してあの場所に対する否定ではありません。
それはタイミングの問題であり、主に私自身の個人的な問題でした。私はすでに自分が目指す特定の道を歩み始めており、IITでの毎日のあり方が、その道にとどまることを許してくれませんでした。これはIITの落ち度ではありません。たまたま、一人の人間と一つの場所が、ある特定の時期において噛み合わなかったというだけのことです。そういうことは起こるものであり、いずれにせよ評価を下すようなことではありません。
ですから、もしもあなたが大好きな教育・研究プログラムを履修中にこの記事を読んでいるのなら、どうかそこに留まってください。私自身の選択は、決してあなた自身の大学中退を推奨するものではありません。
Microsoft(MS)は、私の心がすでにIITとは別の方向へ向かっていたタイミングでやってきて、私はその機会を掴んだだけです。そして、私は同社のリーダーシップ層に深く感謝し続けるでしょう。私は若く、学位もない状態でMSへ入社しました。インドでは通常、学歴が最初に尋ねられる質問であり、時にはそれだけで判断されることもあります。彼らはそれを一度も尋ねませんでした。あの建物の中にいる誰一人として、私の年齢を最初に見たり、卒業証書(学位)の有無で私を判断したりしませんでした。彼らはそれらをすべて脇に置き、私自身を見てくれたのです。テクノロジーを探求し、何かを作り出したいと思っている人間であることを見て、まずはそれだけで十分だと判断してくれました。そうしてくれたリーダーたちを敬愛し、感謝しています。
そして彼らは支援を続けてくれました。さらなる扉を開き、実験を行う猶予を与え、ものづくりを行い、実際にインパクトを示す場を与えてくれました。それがどれほど珍しいことか分かるでしょうか? 多くの人は、誰かがそのような目で自分を見てくれるのを何年も待っています。私はあらゆる始まりの時点で、チーム全員から前向きな意思を受けることができたのです。これにより、私はリーダーシップの本当の意味を学びました。最高のリーダーはあなたの「意欲」を読み取ります。なぜなら、意欲こそが、その人が次に何をするかを教えてくれる唯一の指標だからです。
私はMSの選考をクリアしました。そしてその瞬間、19歳でMicrosoftの最も若いエンジニアの一人となったのです。
そうなった時、周囲の反応は様々でした。「良い決断だ」「悪い決断だ」「大失敗だ」「勇敢な決断だ」。あらゆる意見を聞きました。同じ人から日によって違う意見を聞くこともありました。その意見のいくつかは、特に重く受け止める理由のない人たちからのものでした。一方でまた、私が尊重しているごくわずかな人々からの意見もあり、それこそが夜も眠れなくなるような言葉として響きました。
その間ずっと冷静だったフリをするつもりはありません。そして、自分で決めた道を歩みながら、今でも大切にしている考えにたどり着きました。
「正しい決断」も「間違った決断」も存在しない。あるのは「あなたの決断」だけ─その後は、それを正しいものにするのがあなたの仕事なのです。ただそれだけです。
見返りがリスクを大きく上回る賭け目前に現れたのならば、そのリスクを取ること。ただし、冷静さを失わないでください。なぜなら、その賭けが報われるのは、あなたが「次の勝負」をするために立ち向かい続けている場合だけだからです。特にこのAIの時代においては、「適応力」こそがすべてなのです。
この業界に入って以来、私は自分の時間に学び続け、実験を行い、個人でプロジェクトを作り、そうでなければ決して出会えなかったような真に優秀な人々と働くための余力を得ることができました。その間、一度もオフにならなかった唯一のものは、「疑問を持ち、理解するまでどこまでも深く掘り下げる力」でした。
次に自分が何をするのかは、まだ誰にも分かりません。しかし、社会から与えられたものが何であれ、それを社会に還元したいと考えています。なぜなら、人は「実績」であなたを記憶するわけではないからです。実績は確実にあなたの信憑性を確立してくれます。しかし、SSPとインドの文化は、異なる角度から私に同じことを教えてくれました。
どんなに成功しても、人々は「あなたが彼らをどう扱ったか」を覚えているものです。私たちの世代が真剣に受け止めるべきは、まさにその点だと思います。
最後にひとつだけ
私は思っている以上に「天賦の才がある(God-gifted)」と言われることがあります。この裏には悪い面もあります。つまり、「自分には才能がないから、挑戦する意味すらない」とすでに諦めてしまっている学生たちに出会うことがあるのです。ここで正直な話をしましょう。
最初からここまで読み進めてくれたのなら、才能の有無が成功の理由でないとお分かりでしょう。皆さんはこれまで私が経験した数々の不採用や失敗を見てきましたね。自分に気づいてくれた先生、生涯の友となった人々、建物が地面から浮くような技術を見せてくれた研究者たちも見てきました。
「天賦の才能を持つ子供(God-gifted child)」は存在しません。あるのは「神様からの贈物(God-gifts)」だけであり、それらは先生やメンター、友人、両親、最初にコンピュータを与えてくれた人、寄り添ってくれた教員たち、目を開かせてくれた短い会話、ありのままを見てくれるリーダーたち、あなたが歩む道を照らすために現れるすべての人間関係としてあなたに届くのです。彼らがいなければ、私は何もできず、成功は何一つ起こり得ませんでした。
私の人生はまだ始まったばかりです。これから数百回、おそらく数千回も失敗するでしょう(笑)。私が自分自身に求めているのは、単に正解を出そうとすることではなく、それよりも難しいことです。すべての失敗を誠実に見つめ、何が起きたかを正確に突き止め、それを新しい学びとして次に活かすことです。
そして、これだけは信じてください。失敗を受け入れてください。なぜなら、ついに何かがうまくいった日、これまでの失敗が輝きを放つからです。人々が本当に共感するのは成功そのものではなく、多くの失敗なのです。もちろん目的地に到着するのは素晴らしいことであり、最高の気分になります。しかし、一生忘れないのは、そこに至るまでの困難な旅路や道のりで、それこそが全体の中で最も美しい部分なのです。それゆえに、成功とは「旅(プロセス)」であり、決して「目的地(ゴール)」にはなり得ないのです。
ありがとうございました。
