メンバーズ・メッセージ
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- Nguyen, Thien-Phuc
- 所属 :
ホーチミン市技術工科大学 (HCMUTE─旧ホーチミン市技術師範大学) - 出身国・地域 :
ベトナム - 名前 :
Nguyen, Thien-Phuc
虎穴に入らずんば虎子を得ず
日野出先生からのメールがLong先生の受信箱に届いたとき、それは数あるメールのうちの一通にすぎませんでした。しかし、私にとっては、その一通が新しい世界への扉となりました。
当時、私はHCMUT(ベトナム国家大学ホーチミン市校工科大学)のごく普通の化学工学科の学部生でした。自分が日本へ行くことになるとは、特に考えたこともありませんでした。しかし、JSTさくらサイエンスプログラム(SSP)の支援によって東京工業大学との研究交流の機会をいただいたとき、不思議と「行こう」と思いました。その小さな決断が、振り返れば私の研究者人生における最も重要な選択だったのです。
私はベトナムで作製したナノセルロースのサンプルを持って東京工業大学へ向かいました。何が待っているのか、正直よく分かっていませんでした。しかし、そこで私が得たのは「研究に集中すること」でした。
夜九時を過ぎても研究室に残り、それまで触れたことのない分析機器を使って試料を解析する日々。日野出先生のご支援のおかげで、走査型電子顕微鏡(SEM)を使用し、自分で作製した材料を教科書でしか見たことのなかったスケールで観察することができました。その時間は、本当に楽しく、夢中になれるものでした。
滞在の終わり頃、私は東京工業大学博物館を訪れ、ノーベル賞につながった導電性高分子の展示の前に立ちました。「なんて素晴らしい発見なのだろう」と感動したことを今でも覚えています。
そして、三週間はあっという間に終わりました。送別会では、みんなが満面の笑顔でした。もちろん、私もその一人でした。
しかし、私はそれだけでは満足できませんでした(笑)。
私は静かな決意を胸にベトナムへ帰国しました。「今度は博士課程の学生として東京工業大学へ戻ってこよう」と。
ところが、その後の研究テーマは、私がまったく予想していなかった「堆肥化」でした。ナノセルロースでも材料科学でもありません。有機廃棄物、それを分解する微生物、放線菌、曝気、発芽指数、紫外線下で光るDNAバンド――そんな世界へ飛び込むことになったのです。
私はその世界へ思い切って挑戦しました。
中崎研究室は、その後何年にもわたって私の居場所となりました。クリスマスイブにDNA抽出を行ったこと。インドネシア、タイ、マレーシアなど、多様な国々から集まった研究室の仲間たち。頼んだ覚えはないのに、まるで彫刻作品のように私の自転車を覆った吹雪。新型コロナによる行動制限中に私を癒やしてくれた近所の猫たち。そして、水族館で見つけたウーパールーパーを見て、「これはポケモンのウパーだ!」とすぐに気付いたこと。さまざまなエピソードがありました。
博士課程とは、単に学位を取得することではありません。それは、不確実さと向き合い続ける勇気であり、答えがあるかどうか分からない問いを立て続ける姿勢であり、実験結果が自分の予想と異なったときには、一から考え方を組み立て直す覚悟でもあります。
日本は、そのことを私に教えてくれました。
研究室の中だけではありません。日々の生活に見られる規律、静かに努力を積み重ねる姿勢、そしてプロセスそのものを大切にする文化からも、多くのことを学びました。
博士号を取得したとき、私はあの一通のメールを思い出しました。Long先生が転送してくださった、あのメールです。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉は口にするのは簡単ですが、実際に生き方として実践するのは決して容易ではありません。不安や居心地の悪さを受け入れ、未知の世界へ踏み出し、着地点が見えなくても、その一歩を信じる勇気が必要です。
私にとって、その挑戦とは日本へ行くことでした。
そして得られたものは、その後のすべてでした。研究テーマ、東南アジアに広がる研究ネットワーク、そして「本当に答える価値のある問い」を立てる力です。
現在、私は堆肥ではなく、蛍光性ナノ材料であるカーボンドットの研究に取り組んでいます。しかし、その研究を支えている探究心は、夜九時を過ぎた東京工業大学の研究室で、目の前の走査型電子顕微鏡を見つめていた、あの時間に育まれたものです。
すべては一通のメールから、そして、すべてが「好奇心」から始まったのです。
