2023年度活動レポート(一般公募プログラム)第115号 (Bコース)
重粒子線生物学研究の発展を目指した中国人若手研究者との研究交流
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
量子生命・医学部門 放射線医学研究所
放射線影響研究部 食習慣影響機構研究グループ
上席研究員 勝部孝則さんからの報告
さくらサイエンスプログラムにより、2023年11月25日~12月15日の日程で中国科学院近代物理研究所(IMP)から2名の若手研究者(ポスドク、大学院生)が来日しました。
X線等に比べ生物効果の高い重粒子線は、医療分野では、副作用が少なく治療効果の高い放射線として注目を集めています。また、宇宙開発分野では、月や火星への有人探査において宇宙放射線に含まれる重粒子線への被ばくが見込まれており、その生物影響の程度や機序への関心が高まっています。しかしながら、重粒子線研究に利用可能な加速器を備える研究施設は世界的にも限られています。
当機構は、世界初の医療用重粒子線照射装置HIMACを1993年に完成し、以来15,000症例を越える治療事績を重ねています。さらに、X線発生装置、γ線照射装置に加え、細胞用マイクロビーム照射装置(陽子線)、中性子発生装置など、特殊な放射線発生装置を有しており、放射線医学、放射線生物学において、世界有数の研究施設と自負しております。我々の研究グループでは、当機構で樹立したDNA損傷応答関連遺伝子欠損ヒト細胞株や、モデル動物(マウス)を用いて、重粒子線とX線の生物影響の相違や、精神的ストレスや食習慣による放射線影響修飾についての研究に取り組んでいます。
一方IMPは、重粒子線発生装置 Heavy Ion Research Facility in Lanzhou(HIRFL)を開発・運営する中国の重粒子イオンビーム研究の中心拠点です。2015年に医療用重粒子線照射装置HIMM(Heavy Ion Medical Machine)が完成し、がんの重粒子線治療にも取り組んでいます。今回招へいした、IMP・医学物理研究室の2名の若手研究者(ポスドク、大学院生)らは、主に培養細胞の実験系で、がん細胞の放射線抵抗性や重粒子線による致死効果について、アポトーシス誘導に関わる遺伝子や細胞内情報伝達系に着目して研究を行っています。異なる実験系・解析系で重粒子線生物影響研究に取り組む日中の研究グループが交流することによるさらなる研究の発展を期待し、今回の招へいを企画しました。
21日間の滞在期間中、当機構の研究施設見学や、重粒子線生物影響研究に関する情報交換を行いました。我々からは、ゲノム変異誘導における重粒子線とX線の相違について、鉄イオン線(重粒子線)照射したマウスの実験系で得られた最新の研究成果を紹介しました。さらに、同研究で利用したゲノム変異解析に関して、以下の技術指導を行いました。
- 1)細胞画像自動解析装置などの最新の実験機器を利用して得られた蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法による染色体画像データから、染色体異常頻度を解析する方法。
- 2)マウスの骨髄細胞を分離・染色し、小核形成頻度を解析する方法。
これらの解析技術は、放射線のゲノム変異毒性を検出する上で極めて有効な方法であり、その技術を習得することは、被招へい者らの今後の研究の進展を促進すると期待されます。
被招へい者には、放医研・放射線影響研究部メンバーを対象に、現在IMPで実施している研究について紹介してもらいました。紹介された研究の概要は以下の通り。
- 1)活発に増殖しているがん細胞に比べ細胞周期静止期のがん細胞は、X線に対して抵抗性を示すが、重粒子線に対しては抵抗性を示さない
- 2)DNA損傷修復やアポトーシス誘導など、静止期がん細胞のX線と重粒子線に対する細胞応答の相違
- 3)重粒子線照射で変調する静止期の維持に関与する細胞内シグナル伝達系と、その人為的制御によるがん細胞の放射線感受性の変化
発表終了後、研究内容に関する質問やコメントなど、活発な議論が交わされました。
歓送迎会等を通じて文化的な交流を図り、放医研スタッフとの間に信頼関係を構築することも出来ました。2名の被招へい者にとって、中国国内では得られない貴重な経験になったと思います。被招へい者とはその後も電子メール等を利用して連絡を取り合っています。重粒子線を用いた生物影響研究を実施できる施設は世界的も限られており、IMPと放医研が協力することは、この分野の発展に大きく貢献することが期待されます。