2023年度活動レポート(一般公募プログラム)第008号 (Aコース)
ベトナムの大学生が「誰一人取り残さない」精神文化と科学を学ぶ
山形大学からの報告
科学は、地球温暖化、感染症など現在または将来の課題に応えるのみならず、過去から引き継がれた精神文化やその象徴を守り、再評価する役割を担うことがあります。後者の好例が、山形大学がキャンパスを構える地域にもあります。江戸幕藩体制期から第二次大戦期の日本では、有力な地主や経営者が自らの事業に併せて「公益」を重視し、様々な活動に取り組む事例が見られました。それら、現代のSDGsの理念を先取りしたような活動において、山形県庄内地域は、その質、量及び継続性の面で他に抜きん出ていると小松隆二(公益学、初代・東北公益文科大学長)は指摘します。その庄内地域では、公益活動の象徴とも言えるクロマツ海岸防災林の保全に最新科学は貢献し、また、地域行政が「公益」を切り口に「地域ブランディングを図る」事象が観光消費論の観点から注目されています。
この地域特性を生かし、本事業では、本学ベトナム拠点校で学ぶ学生5名に、①人類社会の課題に学問が応えうる場面と、②日本の精神文化とその現代的意義について、実践的に学ぶ機会を提供しようと試みました。
①の例として、先人の私財も投じられ、200年以上の長きに渡って地域農業を強風(塩害)から守ってきたクロマツ海岸防災林の機能と保全について、本学の林田副学長(森林生態保全学)の解説を受けながら、実際に森林に入って学ぶ場面が設けられました。実習当日、折しも強風に見舞われたこともより深い理解をもたらしました。森林の中では、海岸に近い木は強風の影響で陸側(東側)に傾いて樹高が低く、海岸から離れるほど、木は直立に近くなり樹高も高くなることを実習しました。海岸で感じた強風と、防災林に深く立ち入った際の微風環境のコントラストは、クロマツ海岸防災林の機能に対する体感を通じた理解をもたらしたようです。地域の先人が、次世代の幸福を願いながら、現代でも困難で植林に挑み、その機能が現在に至るまで地域住民に期待され、その保全を最新科学が支えていることの理解は、SDGs時代の科学イノベーションを担う人材に欠かせない視点をもたらしたのではないかと考えています。
日本の精神文化については、学校給食発祥の地(鶴岡市)、致道博物館(鶴岡市)、本間家旧宅(酒田市)、鶴岡裁縫学校跡地(鶴岡市)、大山公園(鶴岡市)などを訪れ、それぞれが象徴する公益の精神を学びました。致道博物館では、ボランティアガイドから英語による詳しい地域史・文化の解説を受けました。ある段階で、招へい学生の口から「Sakai Family」(=庄内藩歴代藩主の酒井家のこと)、「Homma Family」(=日本を代表する豪商である本間家のこと)などの用語が出始めました。精神文化を理解することは「人」を理解することであることを改めて認識しました。その点、3泊のホームステイ体験も、地域住民の精神性に触れる上で貴重なものであったと考えられます。総じて、これら精神文化の理解が、先進工業国という側面が主となりがちな日本理解に厚みをもたらし、招へい学生が母国と日本との友好発展をリードしてくれることを期待したいと思います。また、招へい学生は、訪問地ごとの説明を聞きながら、観光などにおいて「精神文化などソフトパワーのある地域は付加価値を生み、それがない地域は逆にディスカウントされること」を学びました。
公益活動ゆかりの地を訪問した後は、本学農学部(招へい学生も農学部所属)で学ぶ日本人学生および留学生との交流、研究室訪問に臨みました。その日は、最後に、ベトナム国立農業大学出身の本学教員であるLuc先生から、ベトナム語で日本の研究環境と具体的研究について説明を受けました。招へい学生は、本学の研究環境に対するベトナム人の視点からの評価を聞いて、何を感じたのでしょうか。「公益」で特徴づけられる地域の精神風土と合わせ、優秀な招へい学生が、研究等のフィールドとして山形(日本)を、誇りをもって選択してくれることを願っています。