2022年度活動レポート(一般公募プログラム)第031号 (Aコース)
持続可能な水産業を実現するガバナンスとアントレプレナーシップを探る
東京海洋大学 グローバル教育推進機構
教授 小松 俊明さんからの報告
2022年11月28日から12月3日まで、本学の国際交流協定校であるブラパ大学(タイ東部チャンタブリ在)から学生10名と教員1名を招へいして海外探検隊EASTプログラムを実施した。本プログラムは2016年以来、さくらサイエンスプログラムの支援を受けて毎年実施している。コロナ禍にはオンラインで実施したが、2019年以来、今年は久しぶりに日本に学生を招へいしての開催となった。以下、その概略を報告する。
■プログラムの概略
日本で唯一二つの海と接する漁業の町、八雲町はホタテ貝養殖で全国的に有名である。一方、地球温暖化の影響で漁獲量の減少や海上養殖への深刻な影響が起きている。このため、環境変化の影響を受けにくい陸上養殖や水産の新規事業に取り組んでいる。本プログラムでは、水産技術の発展や漁業再生に向けた行政のガバナンスや地元企業のアントレプレナーシップについて、八雲町の取り組みを学んだ。
■プログラムの目的
漁獲量の減少を受けて、水産資源に占める養殖の割合が増えている。海上養殖が主流だが、赤潮等の環境被害を受けず、生産体制を拡大できる可能性を秘めた陸上養殖への取り組みが注目を集めており、同分野の科学技術の発展には、養殖の盛んなアジア全域からの期待も集まっている。こうした背景がある中、今回アジア学生の訪問先に選んだのは、北海道の南西部渡島半島の北部にあって、日本で唯一二つの海(日本海と太平洋)に面した町、北海道二海郡八雲町である。八雲町の海岸線は太平洋側に32km、日本海側に20kmにもおよぶことから、太平洋側の噴火湾ではホタテ貝養殖漁業を主体として、サケ定置、カレイ等刺網、コンブ等の採藻業、ホッキ貝桁引き、そして日本海ではスケトウダラ、イカ漁、あわび養殖漁業等が行われている。年間漁獲金額の60億円のうち、7割をホタテ貝が占める「ホタテの町」として知られている。
2021年9月に発生した北海道沖で発生した赤潮は、過去最大の被害をもたらした。特に釧路沖では9割の水揚げが影響を受けている。アジア、特に交流先のブラパ大学のあるタイは水害の多い国であり、深刻な自然災害に悩まされている地域である。また、タイ東部は水産業が盛んな地域であり、様々な魚種の養殖で有名である。タイの養殖現場では病原菌発生による被害が広がるなど、養殖管理のあり方は重要な課題である。招へいされる学生はタイの水産業を学ぶ学生であり、特に地元の漁業や養殖業(エビやハタ類が多い)の取り組みや課題に詳しいため、タイの事例を訪問地である八雲町にフィードバックする機会も生まれる。養殖業に注力する八雲町とブラパ大学のあるタイ東部の町、チャンタブリとの交流に発展するきっかけにもなる可能性がある。
今回のプログラムでは、北海道の漁業や養殖の事例を学ぶと同時に、漁業を支援する地元役場のガバナンスの実態と取り組み、そして地元の水産企業のアントレプレナーシップや様々な挑戦について学ぶことは、今回日本に招へいするタイのブラパ大学で水産を学ぶ学生、そして交流する日本の学生にとって自国の社会が向き合う同様な課題を考える大きなヒントとなると考えた。
■プログラムの成果
北海道にポジティブなイメージを持っていたタイの学生達であったが、人口減少や高齢化、そして漁獲高の激減など、訪問した八雲町が直面する現実の数々に、最初はショックを隠せず、日本の抱える諸問題の根の深さに考え込んでしまう学生が後を絶たなかった。反面、タイにも地域間格差の問題はあり、貧困が深刻な地域はある。また、天候不順や魚病等の発生が原因で、地元の漁業や水産業が大きな影響を受けていることを思い出していた。厳しい状況がある中で、八雲町では漁業や水産業への支援策を打ち出すとともに、地熱や水力・風力発電等の再生可能エネルギーの分野に代表されるように、積極的な産業転換や新規事業への投資、そして新たな雇用創出や他県との連携や人材の誘致に取り組む地方自治体の試みについて学生達は具体的に学ぶ機会を得た。本プログラムは、学生達の学習テーマの地平線を大きく広げることに役立ったに違いない。
■参加者のフィードバック
タイの学生たちは1名を除いて残り全員が海外渡航は初めて、日本訪問も初めてであるためか、すべての体験が新鮮であり、大きな気づきと驚きに包まれていた。すべての学生達が「人生で一番の体験をした」「日本に関心が深まった」「学習意欲が高まった」と口にしており、さくらサイエンスプログラムの提供している価値を、まさに体現できた学生達であった。
■今後の展望
タイのブラパ大学には、毎年2回本学の学生を1か月間派遣している。今回そのブラパ大学の学生を招へいできたことで、学生交流が双方向にすることがかなった。超円安も助けになり、タイなど、アジアの国々から学生を招へいする機会は今後増えていく。日本への高い関心を継続して持ってもらえるよう、今後もさくらサイエンスプログラムの力を借りつつ、積極的に日本へのアジア学生の誘致に取り組み、日本とアジア間の連携を大学レベルで確実に高めていきたい。