2014年度 活動レポート 第8号:筑波大学国際室 田中正特命教授

特別寄稿 第8号

さくらサイエンスプログラムの効果と期待
田中 正

執筆者プロフィール

[氏名]:
田中 正
[所属・役職]:
筑波大学国際室・特命教授
[略歴]:
東京教育大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士(東京教育大学)。
東京教育大学理学部助手、筑波大学地球科学系助手、講師、助教授、教授、筑波大学大学院生命環境科学研究科教授を経て、2010年4月筑波大学名誉教授。
現在、筑波大学特命教授・中国事務所長。
 

さくらサイエンスプログラム実施内容について

受入機関 筑波大学国際室
送出し国・機関 中華人民共和国・上海中学
招へい学生数 12名
招へい教員などの数 4名
実施した期間 2014年10月5日(日)~11日(土)
 

1.さくらサイエンスプログラム実施の目的

筑波大学国際室が計画したプログラムは、「さくらサイエンスプログラム」の趣旨を踏まえ、中国のハイレベルな高校生を招へいし、わが国の最先端の科学技術の現場を体験的に理解すること、本学の附属高校を訪問し、日本の同年代の学生との国際交流を深めることを主な目的とした。

このため、筑波研究学園都市及び東京を中心に、物理、生物、地球科学、宇宙科学、スポーツ医科学、サイバニクス研究といった幅広い理系分野を対象としたプログラムを組んだ。これに加えて、JSTのPF事業である日本科学未来館と国立科学博物館の訪問を合わせ、わが国の最先端科学技術への理解と関心を高める内容とした。

また、SSH及びSGHに指定されている本学の附属高校2校でのグループディスカッションと授業体験、本学のG30留学生との意見交換を組み入れ、両国の学生交流と友好を深めるプログラムとした。このほか、浅草と日本ジオパークの認定を目指す筑波山を訪れ、日本の文化に触れる機会も組み入れた。

送出し機関との関係

今回招へいした上海中学は、1865年創立、今年(2015年)で150周年を迎える名門校であり、上海市の教育委員会に直属する中国国内でも屈指の高級中学(高校)である。筑波大学とは、2010年から始まったグローバル30(G30)プログラムや2012年から始めたSEND(Student Exchange Nippon-Discovery)プログラム(剣道及び日本語)及び海外高大連携プログラム(海外出前授業)を通じて交流を行ってきた実績を有する。
これらの交流を通じて、相互の理解と協力関係が緊密に結ばれ、今回の招へいが実現した。招へいに選抜された学生(高校2年生)は、中国国内や上海市の各種コンテストでいずれも上位に入賞した最優秀の学生であり、参加者全員が英語力にも優れた学生である。

2.実施内容について

さくらサイエンスプログラムの実施に当たっては、二回に渡り上海中学において協議を行い、プログラムの目的や内容について相互の合意を得た。特に、附属高校でのグループディスカッションのテーマについて相互に検討し、「環境問題」と「未来の科学」を主な討論テーマとすることで合意した。

また、プログラムの実施に先立ち、渡日2週間前に現地上海中学において、招へい学生全員を対象としてプログラムの目的と概要、渡日に際しての注意事項等についての事前説明会を開催した。

上海中学での校長(左)副校長(右)との事前協議

上海中学での渡日前事前説明会

これらの事前協議や事前説明会は、プログラムの目的や内容を良く理解し、実効性のあるものとする上で大いに役に立ったものと考えられる。

筑波研究学園都市での最先端研究として、最初に筑波大学の体育総合実験棟SPEC (Sport Performance and Clinic Lab.)とスポーツ用大型風洞実験装置を視察するとともに、「サイバーダインスタジオ」を訪問して、サイバニクス研究から生れた最先端ロボット技術である「ロボットスーツHAL」の原理を理解するためのデモンストレーションを参加者全員が体験した。

この体験では、人間の意志(脳の働き)がロボットに伝わり、ロボットの手が体験者の手と一緒に動くことに驚くとともにその原理を理解し、想像以上に高度に発達した日本のロボット技術に感嘆したようである。また、後に訪れた日本科学未来館での「ASIMO」や「癒し型ロボット」等と合わせ、日本のロボット技術が人間の生活に深く関わる形で進展していることに参加者の多くが感心していた。

次に、筑波研究学園都市を代表する国際研究拠点である高エネルギー加速器研究機構(KEK)と筑波宇宙センター(JAXA)を訪問した。KEKでは、世界最先端の大型施設を見学し、JAXAでは実物大模型の「きぼう」日本実験棟に入り、宇宙飛行士の気分を体験した。

学生たちは、この両研究機関の訪問を通じて、世界最先端の大型施設がそこで働く研究者とともに一般公開されていることに驚くとともにその素晴らしさと各国の科学者が国境を越えて共同で研究することの意義を強く感じとったようである。

ロボットスーツHALを実体験する学生

KEKで説明を受ける学生

上記の研究施設訪問とともに、わが国の最先端科学技術への理解と関心を更に高めるため、JSTのPF事業である日本科学未来館と国立科学博物館を訪問した。
科学未来館では、「アナグラのうた」に入って空間情報科学が浸透した世界を体験し、ロボット「ASIMO」の人間の動きさながらの活動実演を見学した。

また、多くの学生が癒し型ロボットにも触れ合っていた。国立科学博物館では、日本列島の生い立ちやそこに棲む生き物について学び、日本人と豊かな自然とのかかわりを歴史的に理解した。 両館においては、展示物の数の多さとその実物大の大きさに驚くとともに、多くの展示物がガラス張りではなくオープンな形で展示されており、間近に見学できたことを喜んでいた。

科学未来館で癒し型ロボットに触れる学生

科学博物館で展示を見学する学生

本プログラムの一つの大きな目的である日中の学生交流については、文京区大塚にある筑波大学附属高等学校と世田谷区の筑波大学附属駒場高等学校の2校を訪問した。

附属高等学校では、事前に決めていた「環境問題」と「未来の科学」をテーマに、4つのグループに分かれて英語によるグループディスカッションを行った。ちょうど前日の夜に2014年のノーベル物理学賞の発表があり、3人の日本人が受賞したとのニュースの直後であり、「未来の科学」を討論するには絶好のタイミングであった。

ディスカッション終了後、各グループの討論内容をとりまとめ、グループごとに両校各1名による発表が行われた。日中の高校2年生同士が英語で熱く討論できたことは、双方にとって大きな成果であったといえる。

附属駒場高等学校では、上海中学の一人ずつにバディがつき、グループごとに古文、日本史、物理、化学、地学の授業に参加し、授業を通じた相互交流が行われた。その後、4つのグループに分かれて、「日中における授業方法や授業内容の相違」と「アジアの青少年の交流による輝くアジアの科学技術の進展への期待」をテーマに英語によるグループディスカッションが行われた。最後にグループごとのとりまとめを行い、両校の代表からその内容が発表された。

授業参加を含めた今回の学生交流を通じて、双方が強い刺激を受け、視野を広げる機会となったようである。
学生たちの相互交流とともに、それぞれの附属高校において、上海中学の副校長との間で今後の両校の交流についての意見交換が行われた。今回の交流を機会に、筑波大学附属高校と上海中学との相互交流の進展が期待される。

附属高等学校でのグループディスカッション

附属駒場高等学校での授業体験

もう一つの学生交流として、G30プログラムにより上海中学のOB/OGとして筑波大学に現在留 学している学生を主とした交換会を開催した。
2010年から2014年の5年間において、G30プログラムによって筑波大学に入学した上海中学からの学生数は17名に達し、この期間におけるG30プログラムの全入学者総数187名の9.1%を占めている。

この交換会では、先輩としてのG30留学生から筑波大学の授業科目や講義の内容、大学や日本での日常の生活についてのアドバイスを受け、また、上海中学の参加学生からは留学等について多くの質問が寄せられた。

プログラムの最終日には、日本ジオパークの認定を目指す筑波山を訪れ、筑波大学の久田健一郎教授らから筑波山の成り立ちやその成因、構成岩石の種類やその特徴などについて現地で講義を受けた。

また、筑波山に特徴的なそれぞれの岩石に触れるなどして、性質の違いを実感していた。梅林公園においては、茨城新聞社の取材を受け、学生の代表が記者のインタビューに答えた。この記事は翌日の同社の朝刊に掲載され、この中で、現地での講義を担当した久田教授は、「質問も大学生並みで驚いた」と感想を語った。

筑波山頂からの帰路、筑波山神社に立ち寄り、前日に訪れた浅草寺との対比から、お寺と神社が共存している日本独自の文化に接し、感銘を受けたようであった。

筑波山で久田教授の現地講義を受ける学生

茨城新聞社のインタビューを受ける学生の代表

夕方からは筑波大学のカフェを会場としてG30の留学生も加わり、プログラムの閉会式が行われた。実施責任者である秋山和男副理事(国際担当)から参加者一人一人に「修了証」が手渡され、最後に、上海中学の学生が本プログラムに参加した感想を一人ずつ述べ、プログラムを終了した。

効果について

本プログラムを実施した効果を把握するため、参加者全員に、”Report on attending the program of Sakura Science Exchange Program (Japan-Asia Youth Exchange Program in Science) organized by the Office of Global Initiatives, University of Tsukuba, 5-11 October, 2014”の提出を依頼し、帰国2週間後に返送してもらった。これと、各訪問先との通信内容を参考にして、「さくらサイエンスプログラム」の効果について以下に記す。

先ず、参加学生が最も印象に残ったこととして挙げた点は、日本の最先端の科学技術に触れられたことは勿論のこと、日本の環境(自然・社会・研究等についての環境)の良さと美しさ、日本人の美徳(優しさ、親切さ、礼儀正しさ、おもてなし等)を体験し、知ったということである。

また、浅草や筑波山を訪れ、日本の文化に触れられたこと、毎日の食事を通して日本の食文化の良さを実感したという意見も数多く見られた。高校2年生という若い世代がこうした経験を短期間なりとも積めたことは、これからの両国間の関係改善に大きく貢献するものと思われる。

実施したプログラムの中では、附属高校2校での同年代の学生同士の討論が印象に残ったとする意見が多く、また授業に参加することによって両国での教育方法や教育システムの違いを認識したとする意見も多く見られた。

同世代同士の学生交流は、双方の学生にとって有意義であり、附属高校の先生からは、「本校の学生も刺激を受け、視野が広がったように感じる」、「このような交流の積み重ねがグローバル人材の育成につながっていくと実感した」、「本校生にとって大変刺激的な一時であり、討論が熱を帯び、まとめにも力が入って予定時間をオーバーしてしまった」などの感想が寄せられた。

また、筑波山での講義においては、現地でじかに接しての野外講義は理解度をより一層増す効果的な勉学方法であるとの意見が数多く見られた。
最先端の研究施設や科学未来館、科学博物館については、オープンな形で一般公開されていることの素晴らしさと日本の科学技術は人間の生活をより良く改善するための生き生きとした技術であることが印象に残ったとする意見が多く見られた。また、「日本のミュージアムは学校外のパーフェクトな教室である」と書いた学生もいた。

総じて参加学生は今回のプログラムを通じて、日本の科学技術、環境、文化、日本人そのものをより良く知り、理解するとともに、高校生同士の討論を通じて広くアジアまで視野を広げる経験を積んだようである。

学生の一人は、「私のミッションは、今回の自分の経験だけで終りではなく、この経験をもっと多くの人に伝え、各国の学生に伝えることにある」とし、また他の学生は、「日本と中国の類似点と差異を深く研究することがより良い未来につながると確信した」とか、「未来とは世界の未来であることを信じ、今まさにそれに向かって共に歩み始めることができる」と結んでいる。

「さくらサイエンスプログラム」を実施することの効果は、日本の最先端の科学技術への関心を高めると同時に、こうした若い世代の新たな思考を芽生えさせることにあるものと思われる。

3.今後の国際交流について

今後の国際交流については、本プログラムで実施したような各国の高校生を対象とした招へいプログラムが、将来の「輝くアジアの科学技術の進展」にとって有効であると思われる。
このためには「海外高大連携プログラム」を推進することが先決であり、文部科学省やJSTによる海外高大連携に係わる新たなプログラムの創設とその予算化を強く要望したい。

いつまでも「草の根」的な活動に頼っていては、高校生クラスのアジアの若い優秀な学生を確保することは困難であると思われる。幸いに、筑波大学では昨年から、上海中学の姉妹校である上海中学東校において、海外高大連携プログラムの一環として「環境」をテーマとした「海外出前授業」を開始した。

この授業には、今回招へいした上海中学の学生も参加し、総勢68名の学生が受講した。今後、こうした中国での海外高大連携校を開拓し、その関係の下に国際交流が推進されることを望んでいる。また、高校生同士の国際交流も重要で意義あることから、本学附属高校と中国の高校(中学)との国際交流の進展に力を注ぎたい。

4.さくらサイエンスプログラムに対する希望と期待

本稿で記したように、「さくらサイエンスプログラム」は将来の「輝くアジアの科学技術の進展」にとって大変効果的なプログラムであり、長期にわたって継続されることを希望する。
しかし、このプログラムを継続していくためには、今年度招へいした2,000数百名の学生・研究者と招へい機関のフォローアップが重要であり、そのフォローアップ体制をどう構築するかが問題である。

是非ともその体制を早急に構築されることを期待したい。また、フォローアップ内容を含めて、招へい機関や招へい者が情報を共有できるプラットフォームの構築も必要であろう。この点の検討もお願いしたい。

なお、今回招へいした上海中学の場合、ビザの取得に関し、上海市の外事弁の許可がなかなか得られず困惑した経緯がある。その理由は明らかにされていないが、中国の高校(中学)は多くの場合市に直属することから、できればこのレベルまで「さくらサイエンスプログラム」の趣旨が行き届くような配慮をしていただくと大変有り難いと思う次第である。

最後に、本プログラムを実施するに当たり、JST日本・アジア青少年サイエンス交流事業推進室ならびにJST北京代表処に多大のご支援を賜りましたことに対し、厚く御礼申し上げます。また、筑波大学国際室のスタッフを始め、筑波大学附属高校など各訪問先機関での実施協力者の総数は40名を超えており、ここに関係された皆様に心より感謝申し上げます。