特別寄稿 第6号
清華大学・ソウル国立大学・東京大学の大学院生らによる材料科学に関する3大学ワークショップを開催
喜多浩之
執筆者プロフィール
- [氏名]:
- 喜多浩之
- [所属・役職]:
- 東京大学大学院工学系研究科・准教授
- [略歴]:
- 東京大学大学院工学研究科化学システム工学専攻修了。工学博士。
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻にて助手,講師を経て2010年より准教授。
2011年,IBM T. J. ワトソン研究所訪問研究員。同年より科学技術振興機構さきがけ研究員を兼任。
さくらサイエンスプログラム実施内容について
受入機関 | 東京大学大学院工学系研究科 |
送出し国・機関 | 中国・清華大学、韓国・ソウル国立大学 |
招へい学生数 | 19名 |
招へい教員などの数 | なし |
実施した期間 | 8日間 |
1.さくらサイエンスプログラム実施の目的
東京大学では,清華大学,ソウル国立大学の両校と多くの学術的な連携を継続的に行っています。中でも三大学それぞれのマテリアル工学専攻は,専攻間での強力なネットワーク構築を進めており,学生・教員の人的交流も盛んです。
今回は,東京大学がホスト役をつとめ,清華大―ソウル国立大―東大三大学間の「材料科学に関する学生ワークショップ」を開催し,学術的な交流を深めると同時に近い将来にアジアの材料科学研究をリードすると期待される若い世代の相互理解と協力関係を構築することを目的として,さくらサイエンスプログラムのご支援を頂くこととなりました。
2014年10月15日より8日間の日程で,清華大学(中国)から9名,ソウル国立大学(韓国)から10名の大学院生を招聘しました。
従来から行ってきた相互訪問では,期間が短いためにお互いの名前を覚えるのが精一杯という印象が拭えなかったのとは違い,今回のさくらサイエンスプログラムの御支援ではワークショップ期間以外にも文化施設訪問や研究施設見学の期間をとることができ,そのため学生同士の深いコミュニケーションによって継続的な交友関係への発展が期待できるのが大きな特徴です。また,大学院生と同時に,その引率役である教員も両校から5名ずつ来日し,学生の交流の裏では教員同士の交流も着実に深化しました。
2.実施内容について
10月16日~17日は,東京大学生産技術研究所において「材料科学に関する学生ワークショップ」を開催しました。数名の教員による招待講演の後,三大学のそれぞれの大学院生よる30件の研究発表が行われました。
高強度な金属からナノ材料,電子デバイス,バイオ応用と多岐に渡る材料科学の研究について,学生間で活発な議論が交わされました。幹事役の大学院生を中心に,ワークショップのプログラム作成から会場準備,当日の司会進行に至るまで,すべてを学生が行うことにしていることが特徴です。
こうなると英語に不慣れな学生も黙っているわけにはいきません。次第に積極的な発言も増え,会場には一体感が生まれます。引率教員は別室に移って教員だけで別プログラムのワークショップを行うので,一切の口出しをしません。
これにより学生同士に加えて,教員同士の相互理解を深めることもできて一石二鳥なのです。幹事役を引き受けた学生たちには相応の負担が掛かりますが,このような体験は,将来に国際会議を企画する機会があるかもしれない彼らには財産になると思っています。
また,ワークショップでは学生の投票によって優秀プレゼンテーション賞を決定,ワークショップ後の懇親会において表彰を行いました。副賞は,軽量且つ高強度,腐食のないチタン金属を用いた特製カップです。
また,懇親会の後半には,各大学から学生たちが持参したお土産を交換し合いました。東京大学の学生が用意していた大学ロゴ入り「本から落ちないしおり」や文具の評判がどうだったのかは定かではありませんが,ともかく「これは何だ?」とお互いに説明し合うことで自然と会話が弾んでいくのがよいわけです。
10月18日は貸切バスを利用し,東京大学の学生の案内で都内の文化施設の見学を行いました。まずは浅草にて浅草寺の見学,年に数回しか見られないという貴重な金龍の舞を見た後は,雷門わきで天ぷら定食を堪能しました。
その後,再びバスに乗り込み,皇居外周を黙々と走る大量のランナーに驚きつつ,浜離宮庭園へ向かいました。日本庭園は写真や映像では伝わらない静けさがあり,ガイドブックではわからない文化の一端として大変好評でした。さらにお台場へ移動して科学未来館を訪問,ASIMOのパフォーマンスなどを見学しました。
こうしたリラックスした時間を過ごすうちに,各大学の学生同士すっかり打ち解けて,夕食は大いに盛り上がりました。学生の交流事業の成否を決める要素の1つは,こうした何気ない会話を重ねる時間をどのくらい確保できたか,です。徐々に親密さを増すのを見て,この点での手応えを大いに感じることができました。
10月20日は日本の材料研究の最先端を紹介するため,つくば市の物質材料研究機構(NIMS)を訪問,千現地区,並木地区の多くの研究施設を見学させて頂きました。各訪問先で研究者から先端的な研究の紹介を大変丁寧にして頂くことができ,海外の学生に負けじと日本の学生からも多くの質問も出ました。
あいにく,学研都市であるつくばを代表する公共見学施設のほとんどが月曜日休館であるために,街の魅力を十分に伝えきれなかったことが悔やまれましたが,貴重な体験をする一日となりました。翌10月21日には東京大学の柏キャンパスを訪問し,新領域創成科学研究科物質系専攻の研究室見学,さらに本郷キャンパスへ移動して,工学系研究科マテリアル工学専攻の研究室見学を行いました。
プラズマ科学や準結晶材料の研究,ナノバイオ研究などの研究分野を紹介して頂くことができ,同じ材料科学といっても日本国内で進行する様々な領域の研究状況を知る良い機会を提供できたと思っています。
3.今後の展望
今回の8日間の交流を経て,清華大―ソウル国立大―東京大の三大学間のネットワークはいっそう強固になったと感じており,今回の活動に多大な支援を頂いたさくらサイエンスプログラムには深く感謝しています。
また,今後も同様に定期的な人的な交流を続けていくことが重要であると強く感じています。三大学の引率教員の相談により,次年の秋には清華大をホストにして,東京大とソウル国立大の大学院生が中国を訪問して再び同様な学生ワークショップを行う方針を確認しました。
翻って東京大学の学内を見渡すと,こうした交流活動の重要性を自覚している学生の割合は必ずしも高くありません。実際,今回の交流活動に直接的に携わった院生の割合は,所属する大学院生のうちの1割以下に過ぎません。現在は一部の学生に限られているこうした活動をより多くの学生に体感してもらうためには,活動の頻度を高める努力と,また直接関わらない学生にも認知してもらう広報の強化が必須と考えています。
4.さくらサイエンスプログラムに対する希望と期待
世界の政治・経済における東アジア地域の存在感が急速に高まる中,科学技術においても東アジアでの連携の意義は増しており,さくらサイエンスプログラムの支援制度は重要な使命を持つと思います。その一方で,交流活動への参加国が固定されることは,本来望ましいことではありません。
実際,東京大学でも,また清華大学やソウル国立大学でも,多くの欧米やその他のアジア地域からの留学生が研究活動の中核に関わっており,研究環境における国籍の多様化は急速に進んでいます。
もはや東アジア地域での科学研究は,東アジア諸国の国籍の研究者だけでは成り立たないものになっているのが現実です。
今回の交流活動では結果的に国籍を限定して招聘者を選抜する必要が生じてしまいましたが,今後は,東アジアという地域性を出しつつ,それ以外の地域からの参加者を一定枠内で許容し,同様に支援を行えるように制度を改善する方が実際の状況にフィットするだろうと感じました。
今後とも,さくらサイエンスプログラムが,活動範囲を拡大しながら発展し,同様な支援活動を継続的に行ってくれることを強く願っています。