特別寄稿 第5号
アジアとのブリッジ人材育成のための高大連携に向けて
袴田麻里
執筆者プロフィール
- [氏名]:
- 袴田麻里
- [所属・役職]:
- 静岡大学国際交流センター・准教授
- [略歴]:
- 1999年南山大学大学院外国語学研究科修了(外国語学修士)
静岡大学留学生センター講師を経て、2006年より現職。日本語教育、留学生教育に携わる。
さくらサイエンスプログラム実施内容について
受入機関 | 静岡大学 |
送出し国・機関 | インドネシア・ビヌスインターナショナルスクールセルポン校 |
招へい学生数 | 10名 |
招へい教員などの数 | 1名 |
実施した期間 | 平成26年7月24日(木)~8月1日(金) |
1.さくらサイエンスプログラム実施の目的
静岡大学では、平成27年10月よりインドネシア、タイ、ベトナム、インドで現地入試を実施し高校卒業直後の生徒が学部1年生として入学するプログラム(アジアブリッジプログラム(ABP))を開始します。
日本企業が多く進出しているアジア地域から現地入試によって優秀な留学生を受入れ、母国の産業の発展に貢献できる技術力を身に付けさせること、海外進出している日本企業に必要な人材に育成することを目的とするプログラムです。
さくらサイエンスプログラムでは、ABP開始に先立ち、招聘する高校生が工学部、情報学部、農学部、理学部における勉学・研究を知って日本の科学技術に関心を持ち、自身の将来の進路について考える機会を提供し、近い将来、静岡大学への留学を強く動機付けることを目的として実施しました。
招聘したビヌスインターナショナルスクールセルポン校(BINUS INTERNATIONAL SCHOOLSerpong、以下BINUS)は理系教育に力を入れており、静岡大学へは、平成22年度、平成24年度、平成25年度、平成26年度に工学部にそれぞれ1名ずつ入学実績があります。
招聘学生は、BINUSで実験や実習に積極的に取り組む生徒とし、さらに静岡大学が実施するアンケート調査において理系学部(工学部、情報学部、農学部、理学部)での勉学に関心を持つ生徒を選抜しました。
2.実施内容について
①研究室訪問
平成27年度から開始のABPに関心を持ってもらうため、複数の研究室訪問を通して静岡大学の教員・学生と交流し、静岡大学での大学生活を多面的にイメージできるよう工夫しました。
農学部、電子工学研修所、創造科学技術大学院では、インドネシア人留学生が案内、説明をしたことによって、招聘した高校生によいロールモデルを示すことができ、高校生に静岡大学が進学先として有望であることを印象づけられました。
また、工学部、情報学部では学部生(日本人学生、留学生)が協力して研究していること、インドネシアと深い関わりのある研究が進められていることを紹介することができました。そのおかげか、今回招聘した高校生の半数は、高校卒業後の進路に静岡大学を加え、うち1名は農学部への出願を検討しています。
どの研究室訪問も10名という少人数であったため、静岡大学の教員、学生と親しく言葉を交わすことができました。ただ、招聘した高校生は、まだ興味の対象が絞りきれておらず、特定の分野にしぼった研究室訪問計画を立てることができませんでした。静岡県内の高校とは、高大連携など実績があります。さくらサイエンスプログラムは海外の高校との高大連携であり、今後積極的に取り組みたいと思いました。
②市役所、企業等への訪問
浜松市科学館では、物理の法則など、教科書で習う内容が簡単な操作で分かる展示だったことが高校生の興味をひいたようです。運転シミュレーションは、ゲームみたいだと人気でした。ただ、英語での表記がないため、じゅうぶんに理解できない展示もありました。
スズキ歴史館、高柳記念未来技術創造館は英語での解説により展示内容をよく理解することができました。インドネシアは、日本の電気製品が多く出回っており、またスズキの海外生産拠点国でもあるので、大学での研究内容がどのように産業に貢献するか高校生は高い関心を持って展示を見学しました。
静岡大学は地域との連携を強める方針を明確に打ち出していることから、浜松市役所で浜松市について(浜松市がホンダ、ヤマハ、スズキ、河合楽器、ローランドなど、世界企業の発祥の地であり拠点である)、インドネシアとの交流について(6月にバンドン市長、ジャカルタ特別市副知事などを迎え、都市・自治体連合アジア太平洋支部執行理事会が開催された)などを英語で説明を受けました。
加えて、浜松インドネシア友好協会との交流会によって、高校生は浜松市とインドネシアが良好な関係を保っていること、インドネシア人が地域に温かく受入れられることを実感したようです。
留学において大学での勉学は重要ですが、地域で一市民として過ごす数年間も同じぐらい重要です。そのため、引率の教育担当副校長が地域も留学生の受入れに前向きであることを生徒とともに理解してもらえたことは、日本への留学を考える大きな要素となったと思います。
③静岡大学の学生との交流
招聘した高校生と静岡大学の学生の交流活動は、研究や勉学を離れて非常に効果的に行うことができました。
土曜日、日曜日は、主として静岡大学の留学生支援ボランティアやESSの学生と交流しました。ちょうど安倍川の花火大会にあたっており、静岡の文化、日本の文化に触れることができた一日となりました。初めて日本の花火を見る高校生は浴衣の女性や夜店の食べ物など何にでも興味津々で、大学生にいろいろ質問していました。
静岡大学工学部には、BINUSの卒業生が4名在籍しており、3日目以降は、彼ら先輩留学生が招聘した高校生の案内役をつとめました。
高校生が入学後の学部生としての勉学生活、教員や日本人学生との関係、寮での実際の生活、また受験情報など、高校生がもっとも関心を寄せる情報を先輩学生が直接提供できました。
また帰国後も連絡を取り続けていることは、日本への留学を強く動機づける効果が高かったと思われます。卒業した元留学生、在籍中の留学生を通して、海外の高校と連携を進めていきたいと思いました。
招聘目的が、日本の科学技術への関心を高めて留学を動機づけ、将来の進路を考える機会とすることであったため、研究室訪問や研究内容の紹介、教員との交流を外すことはできませんが、学生同士の交流は、双方によい刺激を与えます。
これはスーパーサイエンスハイスクールである浜松工業高校との交流でも確認できました。短期招聘であることから時間的な制約がありますが、勉学を離れた交流の機会を増やすべきであると感じました。
3.今後の展望
今後、日本留学の動機づけに、海外の高校1年生、2年生対象のショートプログラムを定期的に実施したいと考えています。気候や食生活など実際に生活できるかどうかを体験してもらうことが第一の目的です。
また静岡大学における勉学内容や研究レベルを理解してもらうために招聘が必要だと考えています。海外の高校生、保護者は世界の大学ランキングを注視していますが、日本の場合、国立大学であればどの地域に立地していようとも、その学問レベルに大きな格差はありません。しかし、この事実がなかなか理解されないのが現状です。
この事実を実感してもらうためには、研究室訪問、教員や学生との交流が最も有効であると思います。
東京大学や京都大学など留学生数が多い国立大学と異なり、海外の高校生に地方国立大学が直接働きかけることは困難を伴いますが、幸い、スーパーサイエンスハイスクールや自治体で海外の高校生受入れのショートプログラムが実施されています。
静岡大学では10年ほど前から海外協定大学とのショートプログラムを実施しているので、そのノウハウを活かしつつ地域と連携して海外の高校生を大学に招き、日本への留学を考える機会を提供したいと考えています。
4.さくらサイエンスプログラムに対する希望と期待
日本企業が多く進出しているアジア地域の高校とのショートプログラムを実施するためには、インドネシアだけでなく、タイやベトナムなどからも高校生を招聘しなければならないのですが、前述したように日本の大学が海外の高校にコンタクトを取るのは容易ではありません。
さくらサイエンスプログラムのように、送り出し機関について相談ができる体制は、今後静岡大学がBINUS以外の高校と連携を模索する場合、非常に有効な事業だと思います。
また、来日時のビザ取得にかかる手数料の無料化も招聘を促す大きな要素でした。ただ、来日にかかるビザ取得にかかる期間を考慮して、申請時期、実施時期を決めなければならないと思いました。
静岡大学は、ABPによる留学生の受入れを通じて、日本人学生の国際化を図り、ひいては静岡大学全体、静岡県の国際化に貢献したいと考えています。
そのために、正規生として留学生を受入れて教育する体制を整え、地域と一体となって生活面、経済的な支援を行います。地元企業、地域社会との連携を重視している点も含め、静岡大学とさくらサイエンスプログラムは、方向性を同じくしていると言えます。
ただ、企業の海外展開は東アジア、東南アジアから南アジアへも拡大しているので、平成27年度以降、インドを含む南アジア地域が送り出し国として挙げられることを強く希望します。