特別寄稿 第20号
さくらサイエンスプログラムからミラノ万博へとつながった国際活動
久田治子
執筆者プロフィール
- [氏名]:
- 久田 治子
- [所属・役職]:
- 一般社団法人ときの羽根 代表理事
- [略歴]:
- 1957年愛知県生れ。
愛知淑徳大学文学部国文科卒。
名古屋日動画廊入社。
ユニー株式会社にて情報誌と映像の企画編集担当。
「からくり人形師 八代目玉屋庄兵衛初個展」企画・制作
CBC創立40周年記念「ルイス・C・ティファニー展」企画・制作
豊田市美術館開館記念「霧の画家・牧野義雄」テレビ番組の企画協力など文化企画に携わる。
2009年11月に一般社団法人ときの羽根を設立。
著書/『牧野義雄物語』豊田市教育委員会刊(共著・伊藤智子)
一高寮歌祭会友
さくらサイエンスプログラム実施内容について
受入機関 | 一般社団法人ときの羽根 |
送出し国・機関 | 上海対外科学技術交流中心 |
招へい学生数 | 10人 |
招へい教員などの数 | 10人(研究員含む) |
実施した期間 | 2014年11月6日~12日 |
はじめに
この原稿を書き始めたのは、東日本大震災から4年目に当たる3月11日です。昨夜からの積雪が残り、全国的に寒い白い朝を迎えました。津波に破壊された沿岸部や人と町を飲み込んだ冷たい海が瞼の奥深く甦ります。行方不明者は2584人、仮設住宅生活者は8万人、震災後の震災関連死者は3244人。
被災地の「瓦礫」はゴミではなく、家族や友人、町や村の存在の証であり、思い出そのものが集積された大切な記憶の手掛かりとなっています。復興支援は放射能被害との闘いを避けて通れず、まだまだ道半ば「日暮れて道遠し」です。
凄惨な自然災害に加えて人口減少化が進み、経済基盤そのものが縮小する日本にあって、「科学技術」を柱とする日中友好連携は、必ずや弱者救済の道標べになると信じます。一衣帯水の隣国同士、対話を重ね、協力し合い、青少年の明るい未来を築きたい、その願いが活動原点です。
JSTさくらサイエンスプログラムのプログラムの目的
(1)活動経緯と背景
【主目的】
隣国中国の環境汚染は越境問題として日本への影響が深刻化している。公害を克服した日本の経験と日本人の優れた自然環境保護意識の文化的特質(四季を愛で短歌・俳句の素養がある)と高度で精緻な科学技術力を活かし、アジア共通の課題解決に友好的に取り組むことで次世代青年層に日本の明るいを未来を繋いで行くこと。
【社会的課題】
少子高齢化による経済基盤の縮小と労働人口の減少が深刻化する中、自殺者は年3万人を推移。震災で東北地方が疲弊した日本の現況は食糧自給率が40%を割りこみ、農業就労者は65歳以上が大半を占め、耕作放棄地は増加の一途を辿っている。
国の借金は天文学的に膨らみ国内高齢者や弱者の生活保障は危機的な状況におかれている。弱者救済の社会システムを崩壊させることのないよう青少年の人材育成の手段としても国際競争力の強化は日本の将来にとって喫緊の課題である。
【社会的ニーズ】
発展ポテンシャルの高い中国は日本の産業振興を支える重要な貿易相手国であり戦略的互恵関係の構築は不可欠である。現在、中国が直面する環境問題は隣国日本にも多大な影響を及ぼす深刻な社会問題となっている。日本の優れた環境技術や社会サービスシステムを導入することで課題解決に当たると同時に日本の産業振興に繋がる可能性も高い。
ビジネス面での連携はリスクが伴い安定成長は望めない。環境教育面での人材育成を主目的とする国際協力に尽力することで政府や教育関係者、学生や農民らとの信頼関係を深め、民間交流による人間対人間の心の繋がりを重視する確かな基盤作りが求められている。
【具体的な活動目的】
- ① 2012年から3年連続実施した上海崇明島における「自然がっこう」の実績と、2013、2014年度と関係者を日本に招聘して視察、会議・シンポジウムを実施した双方向の交流実績をベースに上海市を拠点に中国内陸部の長江の上・中流域(四川省、湖北省、安徽省)へと活動範囲を広域化する。
- ② 環境問題を抱える中国国民が居住する生活区域だけでなく「長江流域連携」を通して生態系における生物多様性保全への意識向上を目指す教育活動へと進化させる。
- ③ 2010年の上海市崇明県科学技術委員会との合作調印から5年間、事業計画に即した活動を推進して日中共同での実績作りを重ねた結果、当事業が上海市教育局に重要環境教育プロジェクトとして認定された。より広範な活動を目指した持続可能なESDプロジェクトとして土台作りを強化する。
- ④ 2016年から始まる中国第十三次五か年計画に日中共同環境教育プロジェクトとして位置付けられることを目標とし、第十二次五か年計画最終年の2015年に「長江流域生物多様性保全活動-こども環境サミット」を実施し、環境対策を数値目標ではなく小学生の視点で体験、学び、発見を通して課題解決に取組む「グリーンマップ」をツールとした市民レベルの環境教育活動へと拡大発展させる。
- ⑤ マスコミの情報に左右されることなく自らが現地で確認し、日中共通の課題解決に向けた国際協力の推進を図る。
【サイエンスと日本文化の融合】
日本人の美意識の原点である「花鳥風月」を文学的に表現する伝統文化を尊重し、自然を敬い自然の景観を守り育む精神を培っている「日本人」の特質を活かした文化交流を大切にする。漢字文明圏の中国との連携を世界における日本の特権として捉え、日常的に漢字や水墨画を理解し合える共通部分から接点を見出す努力をする。
(2)さくらサイエンスプログラムを申請した目的と経緯
上記の【具体的な活動目的】を実践する手段として、2014年11月に愛知で開催する「ESDユネスコ世界会議交流セミナー」の公式参加団体を募る文科省の公募情報(7月締切)を取得し、2012年から上海市崇明島で毎年実施した日中合作「自然がっこう」の実績と、日本に中国人を招聘する「日中アグリ青年交流会」を2013年度からスタートさせた双方向の交流実績を踏まえて、日中共同活動をグレイドアップさせる目的で申請を計画した。
上海側パートナーとは、2015年から「長江流域生物多様性保全活動」へと活動を広域化することで合意し、「ESDユネスコ世界会議」に日中合同で参加する目標を確認し合った。 「JSTさくらサイエンスプログラム」に申請する際に「ESDユネスコ世界会議」開催日程に合わせた日程を組んで応募した。合格すれば、助成により中国から優秀な理系の青年を招聘でき、上海市政府や研究員らと一緒にユネスコ世界会議に日中合同で参加でき、ESD活動として両国内で認知され評価に繋がることが予測できた。
上記2つの公募(5月と7月)に申請し、両方から採択通知が届いた。構想案を具体化するために上海に飛び会議の席で「さくらサイエンスプログラム」の招聘先に関して上海は一部とし、長江上流の内陸部からの学生参加を重視するプランに切り換えることで賛同を得た。2013年に合作調印を交した四川省の協力で四川省と安徽省から優秀な学生を推薦頂き、中国駐名古屋総領事館のアドバイスで武漢、北京からの参加者を確定することができた。
送出し機関の窓口は、2010年からのカウンターパートである上海対外科学技術交流中心である。「JSTさくらサイエンスプログラム」の正式招聘者10名と、弊法人が招聘する大人6名、自費参加者4名の合計20名をまとめる機関として連絡・確認作業と資料作成(翻訳)に対応を頂いた。
「JSTさくらサイエンスプログラム」の申請書と「ESDユネスコ世界会議交流セミナー」の国際会議への参加証明書発行までの書類手続きは修正に次ぐ修正の連続で根気と忍耐を要し、障壁を克服する度に担当者との連帯感が深まった。最終的に20人の招聘者全員とユネスコ世界会議に参加でき、中国の優秀なメンバーと日本人参加者が会議で共通課題に向き合い真剣な意見交換ができた。帰国後の招聘者の感想レポートの多くにミッション達成の充実感が記載されていた。
2. 実施内容について
上海万博を機に始動した上海市崇明島を拠点とする日中環境活動をベースに、中国各地(北京市、上海市、安徽省、湖北省、四川省)から20名の学生・研究者・政府職員を招き、環境技術・生態農業の視察交流を経て「ESDユネスコ世界会議交流セミナー」に参加。
【表敬訪問先】
- 愛知県知事・大村秀章氏 愛知県公館で知事と対面し情報交換
- 名古屋市上下水道局長(元COP10支援実行委員会事務局長)の小林寛司氏
- 中国駐名古屋総領事館の副総領事・康暁雷氏と科学技術担当・黄錦龍氏
【視察・見学先】
- 名古屋国際展示場で開催の「メッセNAGOYA」視察
最先端のFCV(水素電池車)や介護ロボットなど省エネ技術や防災製品など - ユネスコ認定オープンスクール緒川小学校を参観
教育理念など教育現場での意見交換をする(崇明島小学校の教師ら) - 岐阜県河川環境楽園のテーマパーク視察と世界淡水魚水族館「アクア・トト岐阜」見学
淡水魚の専門研究者から流域環境と淡水魚・水稲農業に関する丁寧な解説を聞く - 東邦ガスショールームの見学 ガス燃料大型バスで移動
環境配慮型・省エネガス機器・床暖房・節水型シャワーなどの説明をきく - 岐阜県多治見市の幸兵衛窯を見学 日本庭園と古民家を改造した和室で寛ぐ
人間国宝の故加藤卓男氏の陶器で御抹茶を頂き、アジアの古陶磁器、盃を鑑賞 - 犬山城の天守閣見学と城下町の散策 江戸時代のロボットからくり人形館の見学
- 岐阜県長良川河畔のホテルでの温泉(浴衣着付け・入浴マナー)と懐石料理
【セミナー】
- 名古屋市の上下水道100年の歴史及び環境保全・防災に関するセミナー
- 缶アート 空き缶を利用したリサイクルを奨励するワークショップ(作品作り)
- 有機野菜専門洋食店で オーナーシェフから農産物が食卓に並ぶまで
- 日本料理「蟹」専門店で 純和風建築の建物・室内装飾の見学と「蟹」の食べ方
【最重要プログラム/「ESDユネスコ世界会議交流セミナー」に全員参加】
今回のメインイベントは、11月11日に名古屋市国際会議場で開催された「ESDネスコ世界会議交流セミナー」の公式参加である。招聘者20人を含む会議参加者70名がテーマ別に3グループに分かれて議論した。
- 1.主催者挨拶:久田治子(一般社団法人ときの羽根 代表理事)
- 2.来賓挨拶:黄錦龍氏(中国駐名古屋総領事館領事)・森正夫氏(元名古屋大学副総長)
- 3.基調講演:ときの羽根の設立経緯と日中合作活動実績について(理事・足立幸治)
- 4.グループディスカッション(3テーマについてコーディネーター主導)
- ①崇明島での活動を基にESDと生物多様性教育(李建華教授・香坂玲准教授)
- ②崇明島発グリーンマップ普及実績を「長江こども環境サミット」へ(萩原善之氏)
- ③「日中アグリ青年交流会」を軸に循環型農業の深化を目指す(藤井敏夫氏)
中国教育現場での環境保全教育の現状と三農政策の課題を抱える循環型農業の現地問題など中国側の現状報告に関心が高く、同時に日本の農業分野でも後継者問題など両国が喫緊の問題を抱えており積極的な意見交換と議論が交わされた。上記課題解決の緊急性を共有し一層の情報交換と交流を深める重要度を認識した。
【ESD日中合同参加の具体的な成果】→中国政府と合作合意の調印締結
弊法人と上海対外科学技術交流中心、上海市農業科学院園芸研究所の三者で協力合意書を締結。
科学技術系と農業系との三者調印は、来年度の「長江流域の生物多様性保全活動」における上海市の役割と責任を明確にするとともに日本の農商工連携、六次産業化への窓口としての機能を目指す。調印立会人・黄錦龍領事、李建華教授、西堤氏(トヨタ環境活動助成プログラム)
3.今後の国際交流について
民間団体としての受入れの特徴
2005年の愛知万博を契機に上海市との連携が始まり、2010年の上海万博、同年秋開催のCOP10、2014年「ESDユネスコ世界会議」と国家プロジェクトへの参画を柱として中国政府と「環境教育分野」での合作連携を推進してきた。
日中間の不安定な政治環境の中で、弱小団体である弊法人が国際都市上海と合作プログラムを継続できた背景には、活動資金を公募合格による助成金を充当してきた経緯がある。トヨタ環境活動助成プログラム、経団連自然保護基金、三菱UFJ国際財団などハイレベルな審査機能を持つ団体、企業から助成を頂き、同時に「経理報告」「中間報告」「完了報告」とフォーマットに即した文書作成が義務付けられていることで管理運営の指導を受け、一連の作業スキルを向上できた。
他団体からの助成金と組み合わせることでプログラムにゆとりが出来たことと、40歳以上の熟練者を招聘でき、青年層と大人とが混合した構成団体を組成することができた。 「JSTさくらサイエンスプログラム」の公募申請から完了報告までの書類作成も厳密で、受入れ機関として社会的責任を実感し、中国の青年たちの期待を裏切らず日本滞在の成果を最大限抽出できるようにとの意識が高まった。
長年の上海市との交流実績を踏まえて大人同士の信頼関係が構築されていたことで、双方が協力し合って自然に役割分担ができ、初来日する若者たちの無限の可能性を引き出せるよう日中が協力して対処することができた。
送出し機関と受入れ機関が共同で実務に携わる仕組みにより、招聘前から帰国後に至るまで連帯責任を要求されることで共通認識と実践経験が備わった。難易度の高い国際的な実務作業と向き合い、今まで以上に相手の考え方や習慣を理解し合える基盤が醸成できた。
今後の国際交流に活かしたい成功ポイント
限られた日本滞在中のスケジュール管理として、私どもの成功ポイントは、ユネスコ世界会議への参加をメインプログラムとして位置付けたことである。「国際会議」への参加意識(認識)を高めるため滞在スケジュールをユネスコ世界会議参加日を帰国前日に設定し、前半からの視察スケジュールを目的達成に向けて吟味選定し、視察経験と現地解説者との質疑応答、グループ内ディスカッションなどの学習効果をユネスコ世界会議での個々人の発表に集約できるようプログラムを調整したことである。
2015年からの「長江流域生物多様性保全活動」を展開する上で前年度中に根幹部分の実績ができたことは、「JSTさくらサイエンスプログラム」合格の功績が大きい。このように政府系はじめ各民間団体からの助成を基盤に目標を高く掲げて国家プロジェクトへの参加実現を目指した計画を立て公募に合格する正攻法で夢を実現させることができた。
「環境教育」を共通テーマとする日中交流事業を維持・深化させるためには、日中両国の大人同士のゆるぎない信頼関係が不可欠である。困難な日中環境下で担当者同士が純粋に「友情」を育んでこられたのは、海を隔てて向き合うのでなく高い理念のもと具体的な共通目標を設定し、人間同士の会話を重ねながら肩を並べて足跡を刻んでこられたからである。
私たち大人同士が偏見をなくし、敵対関係が深まろうとしている様々な課題に向き合って根気よく対話を重ね、辛抱強く障害を乗り越えて仲良く交流を続ける姿を見せることで、日本の青年と中国の青年も心を通わせ、辛い時にこそ助け合える「友情」が芽生えることを願ってやまない。
今回の招聘を通して実感したことは、「JSTさくらサイエンスプログラム」の合否を問わず、別次元で対象国との国際交流を実践するだけの覚悟あるプログラムに携わっているかどうかが問われると思う。
◆具体的な成果として ミラノ万博日本館への公式参加など
昨年11月の「JSTさくらサイエンスプログラム」実施直後に日本政府のミラノ万博日本館の公募に応募して採択され、本年5月からイタリアで開催される「ミラノ万博日本館イベント広場」に5月19日、20日と参加が確定した。
申請内容は、「ミラノから未来へ」と題し、2010年愛知万博から2010年上海万博、COP10、2014年ESDユネスコ世界会議参加と計画性を持って国家プロジェクトに参画してきた「日中環境教育事業」の活動報告と本年度からの「長江流域生物多様性活動こども環境サミット」におけるEU圏との新規交流がテーマである。
「JSTさくらサイエンスプログラム」第一次公募の申請から1年後の5月にミラノ国際博覧会日本館の舞台に立つ栄誉は、「JSTさくらサイエンスプログラム」の成果を評価頂けたものと受け止めている。
他の成果として、11月の招聘実績により新規に昨年12月に四川省科学技術庁の公務視察団を招聘し、経団連環境本部長とのミーティングや省エネ技術の視察を実施。今月末からは四川省成都市天府区視察団の公務招聘を依頼されて対応中である。「JSTさくらサイエンスプログラム」が中国科学技術部公認の日中共同プロジェクトとして実施されており、弊法人に対しての中国地方政府の評価が形となって表れつつあると感じている。