2014年度 活動レポート 第19号:大分大学医学部 守山正胤医学部長

特別寄稿 第19号

タイ人医師養成を目指した国際交流
守山正胤

執筆者プロフィール

[氏名]:
守山 正胤
[所属・役職]:
大分大学医学部長
[略歴]:
秋田大学医学部卒業。秋田大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)。東京厚生年金病院、大阪大学微生物病研究所を経て東京大学医科学研究所病理学研究部助手。鳥取大学医学部助教授。大分医科大学免疫アレルギー統御講座教授。大分大学医学部分子病理学講座教授。同医学部長。
 

さくらサイエンスプログラム実施内容について

受入機関 大分大学
送出し国・機関 タイ王国 マヒドンウィッタヤヌソンスクール、チュラポーンスクール12校
招へい学生数 13名
招へい教員などの数 1名
実施した期間 2014年10月13日(月)~10月20日(月)
 

1、さくらサイエンスプログラムのプログラムの目的について

本学医学部ではグローバルに活躍する医師の養成を目的として、タイからの学部留学生を受け入れる準備を進めている。

医学や医療の国際化推進には現地の人材を育成することが最も効果が高いが、受け入れ側の大学の準備や医学教育の過程で日本語による試験が何度も課されるなど、大学・留学生の両者にとって挑戦的な試みである。
この成功には優秀な留学生の獲得が必須条件であり、タイの高校を卒業した後、大分大学で日本の医師免許を取得する道があることを広く周知させ、高い志を有する留学生を獲得する必要がある。

その第一歩として、本学への医学部留学に対して興味を喚起し、日本留学への動機づけを目的としてさくらサイエンスプログラムに応募した。 招へい対象者として医学部進学者が多い理系の高校生を対象とし、在タイ日本大使館とも相談してバンコクのマヒドンウィッタヤヌソンスクールから1名とタイ全土に12校あるチュラポーンスクールから各1名の計13名とした。

マヒドンウィッタヤヌソンスクールは、2000年に設立された全寮制の全生徒選抜制のサイエンススクールであり、タイ全国から優秀な学生が集まっている。O-net(Ordinary National Educational Test)で全国1位であり、1学年240人の定員に毎年約15,000人が応募する。

卒業後は、医学系に進む生徒が約50%であるとされている。チュラポーンスクールは1993年に12の地域に設立され、2011年にマヒドンウィッタヤヌソンスクールをモデルにサイエンススクールに発展して現在に至る理系教育に注力したハイスクールである。全ての生徒がその近隣の地域から選抜試験によって選ばれ、1クラス24名(中学4クラス、高校6クラス)の少人数学級で授業を行っている。

招聘者の人選に関しては、タイ全土に広がる13校が対象校となるため本学ですべてを管理するのは困難であり、タイ日本大使館を通じてタイ教育省に対して医学部進学に関心を持ち優秀な生徒を選抜してくれるように依頼した。
事前に教育省、マヒドンウィッタヤヌソンスクール、PathumthaniとLoeiのチュラポーンスクールに大使館担当者と出向きプランの概要について説明を行い、人選などについての協力をお願いした。

守山医学部長の表敬訪問

2、実施内容について

医学部進学への動機付けになるように学内では、講義、体験型実習、本学で学ぶタイ人の大学院生との交流会を準備した。年齢が近い生徒同士の交流を意図して、大分のサイエンススクールである大分舞鶴高校との交流、大分工業専門高校ミシン部との交流を企画した。
また、大都市とは違う地方都市大分の魅力を伝えるため、新日鉄住金大分製鉄所見学、別府地獄巡りをプログラムに組み込んだ。

[大分大学医学部でのプログラム]

病院見学

付属病院の採血室、病棟、ドクターヘリ、CT, MRIの画像診断施設を見学した。採血室では、採血された血液が人の手を全く介さずに全自動で解析されていく様子に、技術水準の高さや清潔度の高さに驚きの声が上がっていた。
ドクターヘリでは、パイロットから、大分県下どこでも短時間で患者の元に飛んでいくことができると説明を受けた。タイの救急体制と比較して異なっている点が多く、進んだ救急救命体制に学ぶところが多いとの感想だった。

超音波検査の説明に聞き入る生徒たち

顕微鏡実習で正常組織と病気について学んだ

講義と研究室訪問

本学では、消化器内科、環境予防医学講座、分子病理学講座などの複数の講座が協力して、ヘリコバクターピロリ(ピロリ菌)のアジアにおける疫学研究を行っている。
その最新の知見について、すなわち胃がん発症率には地域差があり日本では高いが、タイでは低いこと、その原因としてピロリ菌の遺伝子の違いがあることについて高校生向けに分かりやすくアレンジした講義を行った。
また、ピロリ菌研究の最前線の研究室を見学し、分子生物学的研究の一端に触れ最先端の医学研究を体験した。

体験型実習

今回招聘した高校生の半数以上が医学部志望であり、医学部の教育を体験するために「スキルスラボセンター」での実習を行った。スキルスラボセンターは、基本的な診察、処置、治療のトレーニングを目的とした様々なシミュレーション装置を有する施設である。

高度救命救急センターの協力を得て、臨床実習中の医学科学生、研修医の先生方に講師となっていただき、一次救命、聴診、エコー検査の3つのグループで実習を行った。全員が興味を持って実習に取り組み、指導に当たった医学科学生や研修医の先生とも交流が深まった。

女性研究者との交流会

男女共同参画推進室と共催して、大分大学の研究者との交流会を行った。自己紹介のあと、高校生2名の研究発表と質疑応答、研究生活や大学での生活、将来の夢について、英語、タイ語、日本語を交えてのフリートークが行われた。

タイの高校生達の研究成果の発表は、「シナモンの防腐剤効果」と「エアコン室外機の蓄電効果」で、活発な質疑応答が繰り広げられた。また将来の夢については、ドクターやエンジニアなど多彩な職種が出たが、大分大学の訪問の経験から、またいつか大分大学に来て勉強や研究をしたいという発言も多く飛び出し、会場は大いに盛り上がった。タイの高校生たちの明るく輝いた笑顔に、参加者一同楽しい時間を共有した。

大分舞鶴高校との交流

舞鶴高校の校長先生をはじめとした先生方並びに関係者の協力で、タイの高校生を舞鶴高校に受け入れていただき、高校生同士の交流を行った。日本、タイともサイエンススクールの生徒は自らの科学研究プロジェクトを持っており、研究を通して仮説を立てそれを科学的に実証する方法を学び、研究成果を発表する。

タイの生徒代表の研究発表を行った。研究テーマは「文章(文字列)に関する数学的解析」に関するものでした。数学の専門的な内容も含まれており、短時間で発表を理解するのは容易ではなかったようですが、舞鶴高校の生徒も熱心に聞き入って、質疑応答ではいくつかの質問も出た。タイの高校生の堂々としたプレゼンテーションと英語力には、舞鶴高校の生徒にもいい刺激になっていた。

大分舞鶴高校で研究成果の発表

舞鶴高校の生徒の研究実演を見学

その後、一緒に授業を受けた。授業の内容を理解するのは難しかったが(日本語での授業だったため)、同年齢の仲間と一緒に過ごす時間は貴重であった。そして、舞鶴高校の生徒の研究課題の英語でのプレゼンテーションを聞いた。「煙の広がり方のシミュレーション」「液状化の研究」等の研究発表の質疑応答では、鋭い質問や、ほのぼのとした質問など多くの質問が出て、同じサイエンスを志向する高校生ということもあり、充実した交流を行うことができた。

別れ際には、写真を撮ったり、Facebookのアカウントを交換したり新たに芽生えた友情の種を育んでいた。

大分工業高等専門学校のミシンボランティア部との交流

ミシンボランティア部は古くなった足踏みミシンを、アジアで使ってもらう活動を行っている。
タイのチェンマイにもミシンを持って行った事があるということで、タイとの交流も盛んに行われている。

交流会では、タイの生徒たちが、民族衣装も準備してタイ舞踊を披露してくれて、優雅な舞に見入っていた。舞踊の最後では、高専の学生とタイの生徒が一緒になって即興でダンスをして、一気に距離が近づいた。その後、バスで水族館「うみたまご」に移動し、グループに分かれて行動し、交流を深め楽しい交流のひとときを過ごした。

大分高専との交流ではタイ民族舞踊を披露

大分名物「とり天」で和食をいただいた。

3、今後の国際交流について

本学では、東九州メディカルバレー構想を企業、大分県と一体になって推進している。本構想の中で、本学の役割としてアジアの医療従事者を教育することが掲げられており、血液浄化に関連したタイ人の医療従事者に対する短期教育コースを行っている。
この協力関係を強化し、更に推進するため2015年1月にはタイ保健省管轄のラチャウィティ病院と交流協定を締結する予定であり、タイとの協力関係をより深めている。

また、チュラロンコン大学、タマサート大学等との研究交流を基礎として、博士課程への留学生を受け入れており、タイ人の医師育成と併せて、東南アジアにおける医療・研究拠点として充実させていく予定である。今回のさくらサイエンスプログラムの事業を通じてタイの高校を卒業した後本学医学科で医師を目指すキャリアパスを明瞭に提示することができ、招聘者が帰国して、各学校で周知してくれることを期待している。

さらに、タイ周辺国では、早期胃がん発見のための内視鏡診断技術の普及のため、ベトナムに医師を派遣し胃内視鏡のよる診断・治療技術の向上のため協力を行っており、タイを拠点とした医療交流をより充実させていく予定である。

さくらサイエンスプログラムに対する希望と期待

今回のさくらサイエンスプログラムにより、タイの高校生を受け入れたことでタイのサイエンススクールの高校生のレベルの高さが明らかになったことは当初予想した通りの成果であった。
予想以上だった点は参加した生徒が日本に対して非常に好印象を持ってくれたことである。

ポストアンケートでは、参加者全員が「非常に満足した」と答え、日本ほど素敵な国はないと口々に答えてくれた。
さくらサイエンスプログラムは学術的な交流の端緒を作る事を目的としたプロジェクトであるが、未来を背負うアジアの若者に対して学校で学ぶ知識としての日本ではなく実際に自分の目で見て触れた体験に基づく日本を知ってもらうことは、単に学術交流のみならず、アジア地域の平和と繁栄をもたらす人材を育てることに直結する。

今回の参加者は、帰国した後もFacebook等のSocial Mediaを通じてプログラムの中で経験した事や日本の良さについて何度も発信してくれており、参加者を核として周囲にいる人にも確実にこの評価は広がっている。
さくらサイエンスプログラムのような意義あるプログラムは継続してこそより真価を発揮する。参加者に対する継続したフォローアップと共に事業の継続と発展を期待したい。

4、参加者から寄せられた声

Great! I don’t know what to say because I love everything in the program.
I got many things I have never faced before... (medical skills, friendship, Japanese culture etc.)
I think the program is very good, it gives me a lot of knowledge, a lot of experience and a lot of friends.
It is very perfect program. I am lucky to join this. I will come back again here, Oita University.
The time is too short. I hope next generation will get a good experience same as me. This program should be continued annually.