2014年度 活動レポート 第16号:香川大学医学部 徳田雅明教授

特別寄稿 第16号

糖尿病・肥満撲滅のための3国同盟の結成
徳田雅明

執筆者プロフィール

[氏名]:
徳田雅明
[所属・役職]:
香川大学医学部・教授
[略歴]:
1978年
 
岡山大学医学部卒業
1983年
岡山大学大学院医学研究科博士課程修了。専門は細胞生理学
1983年
香川医科大学(現香川大学医学部)助手
1984年
カナダ・カルガリー大学医学部博士研究員
1994年
香川医科大学(現香川大学医学部)助教授
1999年
香川医科大学(現香川大学医学部)教授
2002年
香川医科大学医学部希少糖応用研究センター長
2008年
香川大学希少糖研究センター長
2013年
香川大学学長特別補佐(研究)
 

さくらサイエンスプログラム実施内容について

受入機関 香川大学医学部
送出し国・機関 タイ王国・チェンマイ大学、
ブルネイ・ダルサラーム国・ブルネイ・ダルサラーム大学
招へい学生数 3
招へい教員などの数 8
実施した期間 平成26年12月14日~23日(10日間)
 

1.さくらサイエンスプログラム実施の目的

平成26年12月14日~23日の10日間にわたり、「生活習慣病の克服プログラム」と題して、チェンマイ大学医学部・看護学部・附属病院(タイ国)から6名、ブルネイ・ダルサラーム大学医学部(ブルネイ・ダルサラーム国)から5名の計11名を香川に招へいし、それぞれの国で起こっている共通の問題である生活習慣病にどのように取り組めばよいかを議論し、共同で何ができるかを考える機会とした。若手教員8名、大学院生2名、学部学生1名の構成であった。

この背景としては、両大学と香川大学との長年の国際交流基盤がある。ブルネイ・ダルサラーム大学とは2005年から交流を始め、昨年10周年記念式典を挙行した。
この10年間には、学生交流、共同研究などをさまざまに実施してきたが、特にここ数年の取り組みとして、香川とブルネイ国とが共通に抱えている生活習慣病(Life style related diseasesあるいはNon-communicable diseases: NCDsとも同義で使われる)に対して、基礎医学研究、社会科学研究などを地道に継続して共同で展開している。

チェンマイ大学医学部との交流は2006年に開始した、同看護学部とは2009年に交流を開始した。生活習慣病はやはり共通の課題であり、特に過疎地や近隣諸国からの依頼でチェンマイ大学が展開している医療支援に協力する形で、香川大学も医療・看護協力を行ってきた。最近その中でも、糖尿病や肥満、さらには高血圧などの生活習慣病が問題となってきている。

今回の機会を活用して、将来各大学で中心的な役割を担うであろう若手研究者や学生が香川における生活習慣病対策を勉強し、それぞれに大学や国で行っている対応を比較し、それぞれが抱える課題を解決するための糸口を見つけて欲しいとのことで、テーマを「生活習慣病の克服プログラム」とした。今回招へいした医師や看護師、大学院生は、糖尿病などの代謝内分泌疾患に関連する分野を専門とする人を中心に人選を行った。

さぬき市民病院のスタッフとともに

2.実施内容

プログラムの中では、①日本における生活習慣病(特に糖尿病や肥満)の実態について、②糖尿病への取り組み、③健康食品(特に香川大学発の希少糖について)について勉強した。

① 日本における生活習慣病(特に糖尿病や肥満)の実態について

日本における糖尿病や肥満の実態について、12月16日を中心に講義を行った。井町仁美香川大学医学部先端医療・臨床検査医学准教授から糖尿病全般についての講義があった。
この中では、日本の糖尿病の現状、県別の比較で香川県は高いこと、その原因は何かなど、参加者の興味を引く内容であった。糖尿病や肥満の有病率についてブルネイ・ダルサラーム国やタイ国との比較などをしながら聞き入っていた。3国での比較研究をすることが提案された。大変意義がある提案であり前向きに取り組もうと思う。

② 糖尿病への取り組み

糖尿病や肥満が増加している危機的状態を踏まえ、2009年に香川大学医学部や県、県医師会などで結成し糖尿病克服プロジェクトチーム「チーム香川」の取り組みが紹介された。
その中では、専門医のいる病院とクリニックの連携をK-MIX(かがわ遠隔医療ネットワーク)により実施して効果が上がっていること、各地域の医師を集めて開催する勉強会や市民公開講座を行うことの重要性、などが紹介された。

また、栄養士や理学療法士などから直接栄養指導や運動指導などをどのように取り組んでいるかについての紹介があった。看護師チームからは、CDEJ(Certified Diabetes Educator of Japan:日本糖尿病療養指導士)の制度について紹介があり、糖尿病患者の療養指導は糖尿病の治療そのものであるとする立場から、患者に対する療養指導業務は、わが国の医療法で定められたそれぞれの医療職の業務に則って行われていることが紹介され、感銘を得ていた。

実際の糖尿病指導の様子は、12月16日の午後に実際に糖尿病医やCDEJが積極的に取り組んでいる地域の最前線の病院として、さぬき市民病院(徳田道昭病院長)を訪問して学習した。

井上利彦さぬき市民病院糖尿病センター長の発案で、参加者は実際の糖尿病教室に患者さんと共に参加し、糖尿病コンバセーションマップを使用してスタッフのガイドの元に糖尿病について患者さんが自ら勉強していく様子を熱心に見学していた。

またCDEJの栄養士、理学療法士、臨床検査技師、看護師から実際の取り組みでの苦労、工夫、アウトプットなどが紹介された。特に患者さんに起こりがちな「足の問題」についてのフットケアの重要性と具体的方法には、熱心にメモを取っていた。

③ 健康食品(特に香川大学発の希少糖について)

糖尿病・肥満対策の取り組みとして、日本で進んでいる機能性食品(特定保健用食品など)については、彼らの要望として勉強したいとの意向があることを、事前訪問した際に聞いていたのでプログラムの中で紹介した。

*香川大学の研究

香川大学で実施している主な機能性食品関連研究については、12月19日に香川大学希少糖研究センターを訪問して講義と実習・見学を行った。

まず、片山健至農学部教授と田村啓敏農学部教授からは、薬用植物などの植物から有効成分を同定してそれを利活用する取り組みが紹介された。
ブルネイ・ダルサラーム国にしてもタイ国にしてもこうした生物資源は多種多様であり、伝統療法的にもハーブなどとして活用されている。それらを科学的な方法でどのように活用するか、そして副作用の有無をチェックし適正な使用方法を如何にして提案していくかについて勉強した。

次いで香川大学が世界の研究拠点である「希少糖」についての勉強を行った。
希少糖研究センター長である私から希少糖全般についての研究経緯と主な生理機能の発見および実用化への展開についての講義、小川雅廣農学部教授からは、希少糖プシコースの食品としての有用性が紹介され、それがどのように食品開発に活用されているかが紹介された。
実際にスポンジケーキをプシコースを用いて作った。参加者にとって、機能性食品を自ら作ったのは初めてであり、楽しんで手を動かし、自分が作ったものを美味しいと食していた。

深田和弘農学部教授・希少糖研究センター副センター長からは希少糖の分子としての特性を、分子模型を自分で作ることで勉強し、全く単純な違いが大きな機能の違いを惹起することを実体験していた。
高田悟郎希少糖研究センター准教授からは、希少糖の生産についての講義があった。
でんぷんからどのようにいろいろな希少糖が酵素法でできて行くのかを勉強した。
また実際の酵素法生産法を、希少糖研究センター生産ステーションの見学で説明を受けた。

12月20日、21日には、希望者を中心に、香川大学医学部細胞情報生理学において希少糖研究の指導を行った。
希少糖プシコースを用いた糖尿病や肥満を抑えるメカニズム解明のための動物実験や、希少糖アロースを用いた癌細胞増殖抑制効果を検証する実験などに参加し、原理を含め担当者から説明を受けた。
実際に後者は、共同研究を始めることとした。

希少糖研究センター生産ステーションで生産を学ぶ

希少糖分子を模型で作っている様子

*機能性食品の開発

希少糖を用いた機能性食品の開発については、すでに実用化まで進んでいる例として、参加者にとっては大変興味深いものであった。
香川大学希少糖研究センターと共同研究・共同開発を行っている松谷化学工業(株)を見学した。
12月15日には、兵庫県伊丹市の松谷化学工業(株)本社研究所を訪問し、食品素材としての有用性、プシコースの大量生産方法を研究開発の苦労話を添えながら説明があった。

そして防護衣に身を包み、興奮しながら工場の見学を行った。
また12月17日には、2013年7月に竣工した香川県坂出市のサヌキ松谷(株)工場を見学し、プシコース入りのシロップ(希少糖含有シロップ:レアシュガースウィート)の生産過程を見学し、多くの商品に展開されていることに驚嘆していた。

④ 神戸市立青少年科学館見学

12月18日には、神戸市立青少年科学館を見学した。「力のしくみの科学と物質とエネルギーの科学」「情報の科学」「生命の科学」「創造性の科学」などのゾーンを楽しんでいた。

実際に手で触れながら科学の原理を勉強する仕組みに感心しながら勉強していた。曲に合わせバトンを振る人間の腕のロボット、パスカルの原理を紹介する2個の椅子などは特に人気があった。科学を身近に感じされる取り組みは、両国でもあるにはあるが、スマートな展示方法に感銘をしていた。

⑤ 合同シンポジウムの開催

12月22日には、香川大学医学部において、JSTさくらサイエンスプログラム「生活習慣病の克服プログラム」JSPS SAKURA Exchange Program in Science “Non-communicable diseases in Japan”が核となった合同国際フォーラムを開催した。
このフォーラムには、香川大学として展開していて生活習慣病をターゲットとして関連している2つのプロジェクトにも参加を促して合同フォーラムとした。

それらは、JSPS二国間交流事業「ブルネイ・ダルサラーム国と日本国における糖尿病及び肥満の比較研究を通じた国際貢献」、および、JICA草の根技術協力事業「タイにおける妊産婦管理及び糖尿病のためのICT遠隔医療支援プロジェクト」である。
フォーラムは参加者により今回のプログラムで勉強や見学をして得たことの紹介があった。

合同シンポジウムでのチェンマイ大学からの発表

ブルネイ・ダルサラーム大学からの発表

ブルネイ・ダルサラーム大学、チェンマイ大学のそれぞれで具体的に今回得たものの中で、(1)すぐできること、(2)時間はかかるが将来に向けてできること、を発表に義務付けて行った。この議論には、医学部、看護学部のほか、農学部、教育学部、工学部、インターナショナルオフィスなどの教員や大学院生が参加した。

合同シンポジウムでの香川大学の取り組みの発表

今井田医学部長の挨拶

3.今後の国際交流

前項の1.において今回のプログラムを企画する経緯を述べたが、この数年間、香川大学とブルネイ・ダルサラーム大学とで、また香川大学とチェンマイ大学とで、生活習慣病の克服に向けて共同で取り組もうとしてきた。

この問題は全世界が抱える問題でもあり、バラバラではなく多くの国が共同して取り組むことに意味があると考えていた。特にブルネイ・ダルサラーム国はイスラムの国であり、宗教や食習慣も異なる。一方チェンマイ大学のある北タイは宗教的にはもちろん仏教であり、我々もその文化は理解しやすい。周辺のラオスやミャンマー、カンボジアなどと関係が深く医療貢献もしている。

今回こうした宗教の背景の異なる2つの国から研究者が集い、共通の問題である糖尿病や肥満について、相違点や共通点を議論し合えたことは予想以上に大きな効果があった。まず、糖尿病や肥満を専門にする3カ国の教員・研究者のネットワークができた。特にブルネイ・ダルサラーム大学とチェンマイ大学の研究者が親しくなった。

そして今回の成果として今後も将来に向けた取り組みを共同で行うことになった。①糖尿病と肥満の比較研究(医療・看護など)を実施すること、②教育プログラムを相互に紹介すること、③希少糖や生物資源を用いた機能性食品を開発すること、である。以前からの繋がりがあり、少々の下地があったからできたことではあるが、10日間程度の短い時間で同じ領域の人たちが、生活習慣病の学際的な取り組みに絞り、同じ行動をすることによる連鎖反応が起こったとしか思えない。

12月22日に行った合同国際シンポジウムでは、2015年6月11日~13日にブルネイ・ダルサラーム大学で行われる予定のMIB (Malaysia-Indonesia-Brunei) Conferenceに、香川大学からもチェンマイ大学からも参加して、今回の成果をこれまでの活動とともに発表することを決定した。
今でもメールやLineにより、頻繁に情報交換を行い既に準備を始めている。さくらサイエンスプログラムの第一号の発展形になると思われる。

また、各大学がそれぞれに優れた生活習慣病関連のコンテンツが提供できるとの議論から、こうした専門家(今回の参加者もほとんど参加)が協力して、Global Classroomを立ち上げることを決定した。
これは遠隔TVシステムを利用して、各大学から3~4名の講師を出し、各大学において生活習慣病に幅広い意味で関与している、あるいは勉強している人たちを対象にして12回~15回程度の講義を交代で行うものである。

2月11日には、第1回目の講義をブルネイ・ダルサラーム大学が行い、香川大学、チェンマイ大学に加えて、マレーシア科学大学が参加した。今後は2週間に一度くらいのペースで定期的に開催する予定である。教育プログラムの発展形となる。

希少糖(D-psicoseあるいはD-alluloseと言う)を用いて、その血糖情報抑制効果や肥満予防効果の効能試験と安全性試験を実施することも決めた。ブルネイ・ダルサラーム大学とチェンマイ大学とで、ヒト試験の許可を取るべく、それぞれの倫理委員会に日本で行った試験の申請をしている。機能性食品開発への展開には不可欠な試験であり、そのための大きな礎となると確信している。

参加者が協力して作り出したこの方式(2つ前の段落の①~③)により、ASEAN諸国の生活習慣病の急速な増加に歯止めの楔を打ち込むことができればと願っている。
3か国(あるいはさらに多くの国を加えて)でASEAN諸国の生活習慣病克服プログラムとして展開できるようグラントの申請などをして行きたいと思っている。既にブルネイ・ダルサラーム大学では、一部動き出している。

4.さくらサイエンスプログラムに対する希望と期待

今回のさくらサイエンスプログラムは3大学交流の重要な機会となった。来年度以降も継続して受入を行いたいので、是非このプロジェクトを継続して欲しいと願う。
また今後この2国のみならず広くASEAN諸国を中心に拡げていきたい。我々が次に目指す、マレーシア、インドネシア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、中華人民共和国などは含まれているが、バングラデシュからの要望もあり、今後さらに対象国を拡げてほしい。

今回の11名の参加者は、招聘されて自らの問題として勉強でき収穫を得たことに対して大変感謝している。
例えばブルネイ・ダルサラーム大学のDr. Idrisは「It was a very good program where I learnt about Japanese culture, diabetes mellitus treatment and rare sugar study」と述べ、チェンマイ大学のDr. Nipawanは「I am interested in cooperating and further researches with Kagawa University. I am impressive with Rare sugars discovery and their benefits for health. In the future, Kagawa Prefecture should be the Rare Sugar prefecture.」と述べている。

そして前項で述べたように、すでに具体的なプロジェクトが両大学で始まろうとしている。これまで行っていた二国間の線の交流が、三国間の面の交流に拡がった。この面をさらに大きく広く拡げて行きたい。